「タカーシ日記」第八回 <バナナの涙>
■投稿日時:2002年11月5日
■書き手:タカハシ(名前をクリックするとプロフィールの欄に飛びます)

<10月28日(月)>

昼休みに「紙のプロレス」を読む。W−1についての記事を見る限りでは、どうも観戦記ネットを読んでるような人たちは別に来てもらわなくてもいいよ!という感じの興行になりそうだ。このままだと次回の「チョーエキ」は「やっぱりレッスルー1に行くのは辞めよう!」になりそうだ。お願いしますよ、石井館長・・・。
さて、この日は闘龍門後楽園大会。とにかく今プロレス界で景気のいい話が聞けるのは闘龍門だけ、と言われているのはあながちウソでもないようで、有明効果なのか神田引退だからなのか、選手に振り分けられたチケットを戻してFC会員割り当てに回したとも聞いている。
何しろ先日の新日本東京ドーム大会は営業からリング屋さんまで各自15万円分のチケットを割り当てられ、さばけなかった場合は給料からその分天引きという恐ろしいシステムであったとか(ちなみにどちらも直接聞いた話ではないので、あくまでウワサとして聞いておいて下さい)。
今回の大会は闘龍門初の引退興行。SAITO?昔のことは忘れたな・・・。
その神田と市川の試合はオリジナルM2Kでの入場&介入しまくりという、ファンがこうあったらいいなというツボ全てを押しまくった試合。ボロボロ涙がこぼれてしまい(他に泣いてるのは神田の知人くらいかも知れないが)恥ずかしかった・・・。
その他の試合については速報で書いたのでそちらを参照してもらいたいが、今回はメンバーチェンジを含めた新展開の第1章となったため、闘龍門にしては珍しく10時近くの興行終了となった。
詰め込み過ぎという批判もあるかも知れないけれど、紙媒体の方々はできるだけフォローして、この日来れなかった人もスンナリ入れるようにして欲しいな。


<10月29日(火)>

この日のパンクラス後楽園大会は実原選手が出場し、なおかつ全席5000円という観戦記ネットレギュラーは観戦が義務付けられているかのような興業であった。しかし私は非常にセコイ人間なので、インチキな手段を使ってのタダ入場。詳しい事情については突っ込まないでくれ。
いつも試合内容についてゴチャゴチャ言う自分だが、実原選手に限らず植野師匠やワイルド・フェニックスの選手など知っている選手の場合、ちょっとでもポイントで上回ったら残り時間は全部膠着でもいいからとにかく勝ってくれ!と思ってしまう。
自分が見た唯一の植野師匠の試合では、最後の最後まで1ポイントでも多く上回ろうというプロの試合を見せてくれたが、今回もやはりどんな試合内容であれ、とにかく勝ってくれ!と念じながらの観戦。しかしタックルは全て切られ、パスも出来ず、下になっての攻撃も見せられずと期待が大きかっただけにガックンな内容だった。
対戦相手から「下になっての練習を全くやっていなかったみたい」などと言われてしまったのもそうだが、「自分はプロなので勝っても負けても1本かKO狙いです」と実原選手に言ってもらいたいセリフを言われたのが悔しい。総合では初敗北となるが、これをバネとしての次に期待したい。
この日のメインは竹内対マーコート。試合は自分にはド退屈。スター性もないし、こんな人がチャンピオンになったらパンクラスは大変だなぁ。竹内のパンクラデビューという事でか、修斗のプロ選手がやたら会場にVIPパスで入場していたが、修斗協会のセコさと比べるとパンクラの太っ腹さ(かなりミニマムなレベルではあるが)が際立つ。修斗協会がパンクラ観戦禁止も打ち出したら面白いのに。
判定続きのこの日の興行の自分のメインは、試合後のバックステージにあったのでそれを紹介しよう。
「いやぁ、最近は月の半分は遊んでいるよ」
「自分なんか80行書くのに2週間もかかっちゃって・・・。もう即日入稿なんて絶対できないですよ。」
延々と続くいい大人同士のダメ自慢。この2人が某格闘技雑誌の前編集長同士というのはここだけのヒミツだ。


<10月30日(水)>

「ふっふっふ、名付けて・・・グラウンド・ブレーンバスター!」というのは「1・2の三四郎」での成海頁ニのセリフだが、今回の柔術クラスの技術ネタは植野師匠がヒカルド・アルメイダに直接習ったという「グラウンド・アルゼンチンバックブリーカー」なのだ。
名前だけ聞くとワーク技かと思うかも知れないが、タックルを潰された相手が引き込みに来た時のカウンター技という大変高度なテクニックで、多分ブラジルでも白帯には教えないと思う。
最新の技術を惜しげもなく伝授してくれる植野師匠のグレイシー・バッハ東京に君も入会しよう!

と宣伝もしたところで日記に戻ろう。
さて柔術の場合昇級は紫帯以上になると、自分より下の帯までの昇級の認定ができる。植野師匠の場合紫帯なので青帯までの昇級認定ができるわけだ。自分は白帯だから次は青帯なのだが、次の帯に行くまでは線を4本取得しなくてはいけない。そして今回ようやくその線1本目をいただく事になった。植野師匠からは「シニアのレベルじゃなくてアダルトのレベルで見てますから」と嬉しいお言葉。
いつかもらえた時は「この線の3分の2くらいはボケツッコミのテクニックでもらったような・・・。」と受けを狙おうと思っていたのだが、実際にもらうと「こんなに下からダメダメなのにもらっていいんですかねぇ」というのが精一杯。月曜に続いて感動の面持ちであった。さすがに泣きはしないが。


<10月31日(木)>

「FINALLY... WWE has come back to JAPAN!」という事で1月のツアー要綱が記者会見で発表される。マーク・ヘンリー、ブラッドショー、アイヴォリーとマニアック過ぎる人選に、独占インタビューの権利を得た会社も質問事項は四苦八苦だろう。この中でロング・インタビューを読んでみたいと思うのはダントツでアイヴォリーだが、こういう時こそ各紙誌のインタビュアーの手腕が問われるな。
昨日途中ながらたまたまビデオに録画しておいた、アメリカのプロレス学校のTV放送を寝る前に見る。UPWを舞台としたものなので、トム・ハワードが映っていたのでちょっと得した気分。ジョン・シナのプロトタイプとしての映像が見られたのも良かった。ブラザー・ラヴのチェックシ−トにはしっかり「プロトタイプ」とあったのに、何故かTVではマッスルマシ−ンと紹介されていたのが日本的で面白い。
生徒たちにリック・バスマンが「キャラを打ち出せ!」と盛んに教えていたが、ECWの道場では「デビュー後のキャラクターや音楽等について考える事は禁じる」という張り紙があったと記憶している。
キャラを重要なファクターとするUPW道場からはメジャー入りした選手が何人か出ているが、道場はベーシックを身に付ける事と徹底したECW道場からこれといった選手が出ていない(知らないだけかも)というのが、何やら意味ありげで興味深いものがある。ウルティモ校長が「自分で覚えると5年かかる事を1年で教え込む事はできる」という事にも関係あるのかも。


<11月1日(金)>

この日は柔術クラスだが仕事の都合で行く事ができず、来年のWWE興行も25日は仕事で行けない事が確定してしまった。もっともチケットが取れるかどうかも怪しいが。
昨夜松井がFAでのメジャーリーグ挑戦をブチ上げた。アメリカで本当の意味で成功した選手は馬場さん、カーン、カブキ、ムタ。自分の中では人生やTAJIRIの場合はちょっとニュアンスが違うのだが、この6人の共通点はやっぱりゲテモノ性(じゃ失礼だからケレン味にしておくか)であると思う。いつかクールなフレーズを使いこなし、ネイティヴのヒールやベビーを口でやり込める日本人が出現するかも知れない。
案外それはそう遠くない時であり、そしてやっぱりそれはファン上がりの選手から産まれるのだろう。


<11月2日(土)>

せっかくの土曜日だというのに朝から「ガンダム0083」のビデオを見て、柔術クラスに行くというダメっぷり。結局アナベル・ガトーは死んだのか?思わせぶりなエピローグは辞めて欲しいな。
柔術クラスの今回のネタはスイープのおさらいと、そこからの応用となる十字の取り方。せっかく習った事がしっかり身に付いていない事を反省しつつ、黙々と反復練習。その後のスパーではスタミナ切れの相手に大人気なく、キムラ、十字、肩固めと3本タップを奪う・・・が、自分自身もそこでガス欠になってしまい、残り2本はヘロヘロもいいところだった。
ジムで軽く食事を取ってから植野師匠ともう1人は池袋に別のジムでの裸体クラス、そして自分は秋葉原にコピーガード・キャンセラー・・・おっと最高級画像安定装置を買いに行く。13000円も払ったんだから、ちゃんと機能して欲しいな。
自宅に戻ってからシャワーを浴び、今度は三軒茶屋の柔術クラスへ。こちらでのネタはクローズガードをかけた相手が立って来た場合のスイープ。植野師匠のダイナミックな動きに驚嘆の声も上がっていたが、身体が温まっていないせいか、受身を取るとマットの感触が非常に痛い。
反復と勝ち抜きパスガードを終えると、スパーが始まる。こっちではまあまあイイ線まで行ったが、タップを取るまでには及ばず、3本こなすのが精一杯だった。相手のタックルを潰して、引き込みの要領でスイープを取る動きが巧くできたので、それでヨシとしよう。


<11月3日(日)>

またまた新連載の企画を考える。題して「ロスト・ワールド」。コンセプトは自分が生観戦した事があり、現在は消滅している団体の思い出を書いていくものだ。新連載と言ってもベクトルが必ず過去に向かっているのが自分らしいところだ。
第1回は「語ろう!WCW」で行こうかなー、という事で、久し振りに八王子のR師匠宅に遊びに行く。R師匠とはWM10のツアーで知り合い、もう8年くらいの付き合いとなる。前にも書いたがR師匠は80年代から90年代中盤までのアメリカン・プロレスに関しては、マジで自分の3倍くらい詳しい。
昼頃到着したのでファミレスで昼食がてら・・・と思っていたが、会うこと自体も久し振りだった事から、近況報告などに終始してしまい、「語ろう!WCW」どころではなかった。
まぁR師匠も今では当時と比べれば殆どプロレスは見てないのだが、それでもちょこちょこ話す限り「よくわかってるなー」と感心させられるのはサスガである。今回は仕事で使っているマッキントッシュの調子が悪いため、その復旧に忙しく余り遊んでもらえなかったが、その間はノンベンダラリとBUBUKA誌やら「ヒカルの碁」などをダラダラ読んでいた。
結局その日は泊めてもらう事となり、奥さん得意の豚肉と白菜の水炊きをご馳走になり、眠くなったので布団をひいてもらって師匠宅ではかなり早いオヤスミタイムで1日が終わった。・・・何しに行ったんだっけ?





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