「タカーシ日記」第七回 <おひさしぶりね>
■投稿日時:2002年10月29日
■書き手:タカハシ(名前をクリックするとプロフィールの欄に飛びます)

預けた時は「ひと月ほどかかりそう」と言われていたが、ようやくモバイルが戻ってきたので、来週からまた「タカーシ日記」を再開します。今回は休んでいた間の事を雑感として、いつも以上にダラダラと書いていきますね。


<10・14アストレス興行>

修理に出したのは特にコレといった興行がない時期を狙ったものなので、預けておいた約2週間の間に足を運んだ興行は結局この興行だけだった。観戦記ネットレギュラーであるダイスさんに誘われていったのだが、実際のところ28日の闘龍門のチケットの受け渡しがメインで、興行自体はどうでも良かった。
一応最初のうちは「スポーツエンターテイメント業界に新たなる地平を切り拓くアストレス興行!」などと無理矢理口走っていたが、せいぜいmayaさんが言う「東条えみは見ておいた方がいいよ」という言葉を信じてみるか、くらいのものだった。
ところが会場に入ろうとすると石川と東条が欠場との事で、払い戻せるなら今からでも東京ドームに行こうかと思ったくらい。アストレス興行を銘打っているのだから、プロの興行会社なら別に不思議な措置ではないとは思うが、Jdはそんな立派な会社ではないので、そのような発想がスタッフにも観客にもあるわけがないのだ。
内容はミュージカル仕立てと言う事になってる寸劇とアストレスの合宿の模様の映像、アストレス3期生2人のテストマッチにアストレス絡みの2試合という構成。
寸劇と合宿映像については会場には楽しんでいる人もいる事だし、ニーズがないわけではないのだろうという事で自分のコメントは割愛させてもらう事としよう。テストマッチについては全女の抑え込みマッチっぽかったのは、ベースをジャガー横田が創ったという事に関係ありそうだとか漠然と考えていた。
セミのMARU対賀川はレスラーであるMARUよりも賀川の方が明らかにいい選手なのに、MARU本人だけが会場の中でその事実に気が付いていないというのが笑えた。これについてはいつか不定期連載「ハイスパートアンダー1000」で書いてみよう。
メインは当初予定されていた東条&石川対飯塚&阿部がアストレス組が2人ともケガによる欠場のため、カード変更となった。コスチュームを代えたりして、通常の組み合わせにひと工夫加えたつもりらしかったが、数々のお約束を交えた試合は自分には苦痛以外の何物でもなく「早く終われ、早く終われ」と念力を送り続けたが、やはり自分には超能力はないようだ。
この日のチケット代は闘龍門の後楽園大会と同額であったのも不思議な感じがするが、アストレスを一応見ただけでもヨシとしよう。ただ石川と東条、なんとか桜以外は「女子レスラーにしては可愛い」というレベルだったので、彼女らの未来はプロレスを続けても希望通り芸能活動に専念できても光り輝いているとはとても言えない状況なのは、ちょっと物哀しいのであった。


<スタン・ハンセン自伝>

図書館にあったので軽い気持ちで読み始めたが、これがなかなか面白いものであった。この時点では三沢らがNOAHに移籍した直後の、現役であった頃の著作なので「プロレスの仕組み」ネタは皆無であるが、それを必要としないほど政治的な背景や人間関係など興味深い事が多かった。
例えばギャラについても新日本契約末期は週3500ドルなどとハッキリ書かれていて、それをベースにしても全日本では移籍しても恐らくは週5000ドルまで上がれば破格の条件であろうから、だいたい外国人選手はその辺りをベースに考えてみればいいのだろう。
途中円高の影響で3割アップしたものの、引退時までこの金額から変動はなかったとの事だ。
ちなみに週刊ファイトでは当時移籍により週1万ドルになったと書かれ、週1万ドルが1流外国人選手の目安のように書かれていたが、これを日本人選手が読んだなら不満も爆発する事だろう。
確か佐山タイガーが離脱した時は佐山が1試合7万で、藤波が8万、坂口が15万という記事を見た記憶がある。
キッドもそうだが、プロたるものやはりギャラの話が自伝のメインになるのは面白いものだ。できればアンドレやブローディの自伝も読んでみたかったな。
まぁ本題からはかなり脱線したが、大変面白い本なので機会があったら読んでもらいたい。


<武藤敬司について>

もうこんな事を考えてしまう事自体、武藤が晩年の時期にいる事を再認識してしまうようではあるが、武藤が橋本や蝶野らと闘魂三銃士としてひと括りにされて売り出されていた事について、今更ながら考えてしまう。
武藤自身も言ってはいたが、あれほどまでに卓越したセンスや身体能力などを兼ね備えた割には、会社から正当なプッシュを受けていたかはちょっと疑問だ。闘魂三銃士として売り出す事により、橋本や蝶野の底上げにも繋がったのだが、もし武藤1人を徹底的にオーバーさせていたとしたなら・・・。
新日本はある意味人材の使い捨ての歴史と言えるので、1人にプッシュを集中させる事をヨシとはしなかったという会社の判断もあるのだろうし、結果的には闘魂三銃士を効率良く回していった事で、数々のドーム興行を成功させてきたのだからやはり正解だったのだろう。まぁ今はそれが逆に会社を追い詰めているとも言えるのだけれど。
それでも武藤という10年に一人の天才(その前の10年は鶴田ね。2人とも山梨県出身だ)を見ると、何故だか武藤一本売りについて考えてしまうのだった。


<連載について>

自分が休んでいる間は全くレギュラー連載が途絶えていた状況だった。半年に渡って連載が続いていたのは我ながら結構不思議ではあったが、これは自分がコアなマンガ読みで、連載を休む事への罪悪感が他のレギュラー陣よりも強いからではないかと思う。
同じマンガ読みで週刊連載の大変さをよく知っているので多分受ける事はないと思うが、ダイスさんがもし連載を始めたなら、多分自分と同じように強迫観念に迫られながら毎週毎週書き上げるのではないかとも思ったりした。

というわけで、またまた連載を四苦八苦しつつも続けていく所存ですので、これからもしばらくお付き合いください。





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