「週刊タカーシ(仮題)」第十六回 <真夏の出来事>
■投稿日時:2002年7月30日
■書き手:タカハシ(名前をクリックするとプロフィールの欄に飛びます)

今年の夏は歴史的なイベントでありながら、とても全部は見に行けないほどの大興行がいくつも行われる。最大の注目は国立競技場での「Dynamite!」だろうが、できれば友人宅でのPPV観戦で済ませたい。UFOのドーム大会も生中継だそうだから、これもTV観戦で済ませたい。カードもショボイし。
30,31の全日本武道館はカード次第だが、多分どちらかがムタ対天龍の三冠戦だろうからそっちには行きたいかな。長州参戦が最大の目玉だとしたらちょっとヤバそうだが。29日の新日本武道館は考えるまでもなく行かないが、記録的な不入りになりそうな予感がするな。

さて、♪夏が来れば思い出す・・・というわけではないが、このように夏休み期間になると複数団体がそれぞれビッグショーを企画してきたが、自分が一番よく覚えているの8月8日、新日本横浜文体(猪木対藤波60分フルタイムドロー)、13日の新生UWF有明コロシアム(前田対ゴルドー)、そして31日の全日本武道館(ブルーザー・ブローディメモリアルナイト)が行われた88年の夏だ。3団体とも行った友人に言わせると「段々尻すぼみになっていった」との事だが、思い出深い興行であった事は間違いない。
31日は最初、夢の対決をファン投票で決めて武道館で対戦させるという企画が立てられ、当然当時考えられる最高の夢のカードであった「スタン・ハンセン対ブルーザー・ブローディ」が実現される事にほぼ決まっていたのだが、当のブローディが発表直前の7月17日にプエルトリコで刺殺されてしまい、急遽ブローディ追悼興行として行われる事になった。
それにしてもその主役であるブローディが死んだためとは言え、その代替カードが鶴田&谷津対天龍&原とハンセン対ブッチャーというのは幾ら何でもあんまりじゃないかと思ったものだ。
ちなみに夏のビッグショーで一番ヒドかったのはニタ対ムタをメインとした99年の新日本神宮球場大会かな。あれは心底ヒドかった。

先日頼まれてブローディのビデオを編集し、ついでに自分でも久し振りに見てみた。この手のビデオを製作する時は2時間でどれだけバラエティーに富んだ試合を入れられるかを自らに課すのだけれど、今回選んだのは結構自信作。まずは選んだ試合を見てもらおう。

1:B・ブローディ&K・ブルックス対長州力&谷津嘉章
2:A猪木対B・ブローディ(初対決)
3:B・ブローディ&J・スヌーカ対ザ・ファンクス(ハンセン全日本登場)
4:S・ハンセン&B・ブローディ対R・スティムボート&J・ヤングブラッド
5:B・ブローディ対天龍源一郎
6:B・ブローディ対L・ルーガー

できれば時系列に沿って並べたかったが、#6がいつ行われたか判らなかったので、見つけた順に編集していった。それにしても我ながらホレボレするほど完璧なラインアップだ。
まぁ、この連載を読んでいる人にはもはや生でブローディの姿を見たという人の方が少ないだろうし、せいぜい01の常連外国人ザ・プレデターがブローディのコピーだ、という事でしか知らないのではないだろうか。第一演じるザ・プレデターですらブローディの事は知らないそうだ。
3月2日の両国大会で「移民の歌」のブローディが使用したバージョンを入場曲として、プレデターが初めて試合をしたのだが、「ブローディならここでこの技!」と思い入れを持って見ているマニアたちの思いをスカす、組み立てにそのマニアたちが失笑混じりに「違うよ〜」と言っていたのには笑ったが。

それではひとつひとつ解説していこう。

#1はビデオとしては結構レア。というのもこの試合の直後にブローディが新日本に移籍してしまった事により、唯一の長州との対戦となった事と、当時はまだまだビデオの普及率やビデオテープが高価であったため、多くの人がカードから録画するかしないかを判断していたのだ。この日のメインはR・ウォリアーズ日本初登場として鶴田&天龍の鶴龍コンビとの対戦の一本ウリのカード編成であったため多くの人がメインだけを録画していたためだ。
年末にはハンセン&ブローディ組との対戦が見られるのに、キラー・ブルックスとの試合まで録画する事はないだろう、という判断が多くを占めたという事だ。
ところがブローディが新日本への移籍を決めていた事、小さいレスラーが(対戦させられる事も)大嫌い、当時の全日本マットで最も人気があった長州へのジェラシーとさまざまな要因が狂わせてしまい、徹底的に長州潰しの試合をしてしまったのだ。そしてメインは消化不良の試合となり、この試合だけ録画していた人は激しく後悔する事になったのだ。
試合は今見るとかなり激しく攻めてはいるものの、あくまで当時のレベルでの話で今のファンには「え〜、これが伝説の試合なの〜」と言われるのではないかと思う。あえて言えばブローディは自分の使う技には異常なまでにこだわりがあり、例えばドロップキックひとつにしても2日続けては使わないとインタビューで答えていたものだ。
しかしこの試合ではそのドロップキックを長州のラリアートをスカしてからと、谷津を場外へ落とすための2発使っているという、その意味でも貴重と言える試合だ。
あと倉持アナがやたらと「世界のブローディ、日本の長州」と、2人の差を強調しているのが何ともおかしい。
余談だがウォリアーズは最終戦でAWAタッグの防衛戦を長州&カーン組と行い、両者リングアウトながらもカーンをリフトアップ・スラムで叩きつけるというシーンを見せる事によって、日本におけるその商品価値を確かなものとした。ブローディはセミで試合を途中でボイコットしていたけれど。

#2は新日本における両国国技館の柿(こけら)落とし興行のメイン。当時UWF,ジャパンプロと大量離脱の余波で細々とマシン軍団あたりとの抗争で回していった新日本の起死回生の仕掛けが、ブローディの引き抜きと猪木との対戦だったのだ。新日本にしてみればハンセンと長州の人気に隅に追いやられている立場であるブローディは組し易い相手と思っていたのだろうけれどさにあらず、新日本史上最大のトラブル・メイカーを招き入れる結果となってしまったわけだ。
猪木などは未だに一番嫌いな相手としてブローディの名前を挙げ、プエルトリコで刺殺された時も余り同情している風にも思えなかった。
この試合のTV放送はオープニングでいきなりブローディが試合前の猪木の控え室まで走って行き、チェーンで暴行を加えるというWWFの番組作りのようなシーンから始まる。入場時にはWWWF登場時に使用していたという、毛皮のベスト風のコスチュームを(恐らく)日本で初めて着用しての登場と、いかにもここ一番!という気概を感じさせてくれたが、それ以降も常時着用して入場してきたので、「単なるモデルチェンジかよ」とガッカリしたのを覚えている。この試合は猪木とブローディ両者の狂気の部分が色濃く出ていて、個人的にはブローディのシングルでのベストマッチかな。
ブローディは新日本への移籍は人生最大の選択ミスだったと述壊していたが、個人的には新日本でその圧倒的な強さを見せつけた事により「ブローディ最強神話」が確立されたと思っている。単に全日本と新日本の力の差では?と思った事はナイショだ。

マニア的には「噂の真相」誌がこの試合でのブローディの自分のヒザへのブレーディング(刃先流血)を取り上げ、反応が余りにも良かったのか、その後半年ほどプロレス八百長暴露キャンペーンを展開する事となったきっかけの試合でもある。
それについてはいつか項を改めて書いてみたいのでこの辺で。

#3はブローディの試合というよりはハンセンの全日本登場のシーンが全て。とにかくオポジションであるという事も関係なく、当時の外国人レスラーの人気#1の選手であったハンセンが、全日本プロレスの年間を通じて最大の舞台である世界最強タッグリーグ戦での決勝(とも言える)試合での参戦アピールという、プロレス史上でも最高の乱入劇と言える試合だ。多分ハンセンがあのまま新日本に残っていたとしても、全日本でのようにプロレス生活をまっとう出来たとは考えにくい(というか有り得ない)ので、この移籍は非常にいい選択であったと思う。新日本においてやり残した事もない(敢えて言えばボックとの夢対決くらいかな)し、新日本に移籍した事により結果的に生活設計が大幅に狂った事から非業の死を遂げたブローディとも対象的であるのも面白い。
これまた余談だが、当時少年マガジンで「1・2の3四郎」を連載していた小林まことは、飼っていた猫につけていたハンセンという名前を、全日転出に怒りホーガンに変えたのだそうだ。

#4は単純に好試合だったから。タッグリーグの開幕戦で本命チームが小兵チームに翻弄され、あわや!という試合がマッチメークされるようになったのは、この試合がきっかけのような気がする。
再び余談だが、現在スワンダイブと呼ばれるのはトップロープに両足を乗せてのドロップキックやプランチャなどの場合だが、この当時はリッキー&ジェイが見せていたロープの反動を利用して、飛び込むようなカタチでのコンビプレイのボディスプラッシュの事だった。
アメリカでは大谷等が見せる方のスワンダイブは「スプリングボード・××」と呼ぶそうだが、クリス・ベノアのダイビングヘッドバットをJRが「スワンダイブ・ヘッドバット」と表現していた事もあったそうなので、滞空時間が長い空中殺法についての総称なのかも知れない。

#5は鶴田から武道館でインタータイトルを奪取した88年の試合とどちらを入れるか悩んだが、フライング・ニー・ドロップを自力でキックアウトするシーンとトップロープからのダイビング・ニーを受ける天龍の男っぷりは、ブローディがベルト奪還した後の「らしくない」喜びの姿にも勝ると判断した(ブローディのビデオだけど)。
この試合最大のハイライトはやはり日本では2度目の公開となるダイビング・ニーだろう。ちなみに初公開はテッド・デビアス相手で、オーストラリアでアンドレからこの技で幻のピンフォールを奪ったという伝説もあるが真偽のほどは不明だ。プエルトリコでカルロス・コロン相手にも出していたが、これは個人的怨恨が関係しているような気がする。

#6については以前単発のコラムで書いたのでそこを参照して欲しい。

話はエラク飛んでしまうが、「死ぬ」いう事に関して真剣に向き合うのは、多くは肉親の死がきっかけであると思う。幸い自分の場合は両親とも健在なので、「死ぬ」という事に関して初めて思いを巡らせたきっかけはブローディの死であった。追悼興行やら何やらでブローディの名前はプロレス雑誌からしばらくは賑わせてはいたが、それもせいぜい年内まで。あれだけインパクトを与え続けていても、しばらくすれば忘れ去られるものなのだ、という事を実感させられたものだ。
ブローディが死んでもう15年近く経ち、プロレスに対する価値観も様代わりしたがそれでも「今まで見た選手の中で一番強いと思ったのは?」と聞かれれば「それはブルーザー・ブローディだ」とためらわずに答える事ができる。狂気をも感じたファイトとドラマティックな人生の幕引きが、より鮮烈なイメージが記憶に焼き付けられている。
WWEの独占によりますますプロレスラーのサラリーマン化進み、今後2度と現れる事がないであろうこの異端児をせめて夏のひとときには記憶から蘇らせておきたい。


<先週見た興行>
先週は28日の01有明大会のみ。我ながらよくもまぁ、毎週毎週飽きもせず観戦できてるものだ。
01東京大会名物の美少女軍団は当然今日も来場。SOD関連のような気もするが「AVの人?」とは聞けないしなぁ。でも顔見知りらしいスタッフに「コリノの息子を連れて来て」と頼んでたけど。謎だ。
あと中山とくどめが仲良く観戦していたが、荒井社長本でくどめがFM女子に散々嫌がらせしていたエピソードを読んでいた事からアレ?と思ったが、どうも元川がその対象だったみたいね。元川の首の治療費は誰が負担するんだろう。

<先週見たビデオ>
最近入会したレンタルビデオ屋は50円で旧作を借りられる日を設定している。そこで最近は「ウルトラセブン」を1巻から借りているのだが、たまたま先週見たのが「ウルトラ警備隊、西へ」の回が入っている巻。これにはキング・ジョーが出ているため、01の速報でペダン星人の名前がすぐに思い出せたのだ。いや、何が幸いするか判らないものだ。
この「ウルトラ警備隊、西へ」はそもそも観測ロケットをペダン星人が地球からの侵略と勘違いしたところから始まる話なのだが、ペダン星人とセブンとの話し合いで、誘拐されたペダン星人攻略のキーパーソンとなる地球側の美人科学者を「地球人に侵略の意思はない」という言葉を信じて、ペダン星人が記憶はなくしながらも約束通り返してくれるのだ。
結局ペダン上層部が侵略作戦を開始してしまい、地球側はその美人科学者の記憶を取り戻す事で、無事撃退に成功
するのだけれど、もしかしたらこれはせっかく部下が取りまとめた話を上層部の安易な判断で台無しにしてしまったという話なのかな、と思ったりした(んなワケない)。
ところでこのキング・ジョーだが、変形合体ロボとしてはゲッターロボよりも早い元祖のような気がするがいかがなものか?





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