「週刊タカーシ(仮題)」第九回 <帰れない2人 〜ワークからシュートへの道程〜>
■日時:2002年6月11日
■書き手:タカハシ(名前をクリックするとプロフィールの欄に飛びます)

品川
(以降 品):
「タカハシさんがプロレスファンとしてシュートマッチですら真剣勝負という概念そのものも『ギミックだ』として認識しているというのは、意外というかちょっと面白い見方だなぁと思うのですが、今回はその流れから話をしていきましょう。
これは非常に個人的な意見なんですが、全ガチ、俗に言う全試合真剣勝負って言われる流れがあるじゃないですか。これ、非常に興味深い流れがあって、佐山先生が創設した修斗は最初から立場上全ガチなんですよ、全部ね。全ガチ興行として歴史が始まって、今でも全ガチ興行なの。
だけども総帥である佐山先生はと言うと、やってきた事は全ガチじゃないんですよ(笑)。 修斗が最も一緒にされたくない『プロレス』の、それも歴史を変えたとも言われるような超が付くスーパースターでね、まさに対極やったからこっち側(真剣勝負)に辿りついたんだという・・・・皮肉なんですよね。産み落とした子供が、なんか勘違いしてるっていうか。まあ、勘違いしてるって言うと非常に失礼かもしれないですけど。そういう遺伝子を――敢えて優性って言いますけど、優性遺伝子をこうやって、ず〜〜っと持ってきて、今、修斗になってず〜っと全ガチで来てるじゃないですか。
まあ修斗は競技だから(笑)エンターティンメントなんてわからない奴ばかりで、最近商売だからプロと言う意味がわかってきたという感じではないですかね。

で、UWFに始まって、それからパンクラスやリングスという全試合が真剣勝負の団体に進化した・・・ここも敢えて進化って言いますけど・・・そういう団体が誕生したワケですけど、その中でリングスっていうのはワークとシュート2つのブレンドの比率を段々と変えてきた団体なんですよ。
ほぼワークというブレンド興行から始まって段々ピュアにしていった、っていう状況なんですね、修斗とは違って。
そこで、KOKという新たな方向性を示して、10年目にして遂に全ガチになりました、という形になってきたのが非常に面白いと思うんです。まぁオフィシャルに全ガチ移行宣言したワケでも、昔のこの試合は不正試合でしたとカムアウトしたワケでもないですけど(笑)。
パンクラスも基本的には、まあ細かいことはあるにせよ、藤原組を離脱してパンクラスを旗揚げした時点で全ガチ興行団体になりましたね。でもリングスはKOKトーナメントが開催されるまで全ガチ興行にはなんなかったんです。

だからオブザーバー的な見地から行くと『リングスって言うのは全ガチじゃないから強くないんじゃないか?』『弱いんじゃないのか?』『所詮プロレスじゃないか』って言われていたんですね。」
タカハシ
(以降 タ):
「実際に高阪も「リングスはワークの団体だから・・・」とアメリカで言われたりしてたんですよね。団体が潰れてから初めて口にしましたけど(笑)。」
品: 「だけど実際リングス勢の実力について言えば、今PRIDEとかで上の方で戦っている選手は勿論、各団体、各イベント・・・ZERO−ONEも含めて(笑)リングス勢ばっかりじゃないですか。そういう凄さ、前田の凄さっていうのを・・・今日は週刊タカーシなんで誉めておかなければいけないと思ってるんですけど(笑)、そこは本当に思ってる所で、リングスの凄い所なんですよね。それは忘れちゃいけないんじゃないかなぁと。
全ガチ興行に辿りついた道程……童貞じゃなくてね(笑)、 道の辿り方が違うだけで、最終的に辿り着いた地点は一緒なんですよ。
でも辿り着いたら崖から落っこちた、っていうオチまでついてるというトコが、前田の凄さだなぁって個人的に評価しているところなんで(笑)」
タ: 「その〜品川さんが、信念を曲げてまでセルしてくれる事については・・・」
品: 「(爆笑)」
タ: 「それ自体は嬉しいんですけど、リングスファンとして、前田が本当に最初から終着点として100%ピュアなガチ興行を考えていたのかなぁ、っていうと正直言ってそれは疑問ですね。格通でリングスの元営業の人が「前田さんがKOKをやったのは、リングス勢の実力を証明するためだけ」って言ってたらしいんですけど、その意見は非常に説得力があるなって思います。
多分前田は第1回KOKのトーナメント初日(2000年度Aブロック)に、まさかミーシャ以外全滅になるとは思ってもいなかったと思うんです。
リングス傘下の選手たちの実力に関しては相当信頼していたっていうのはあったでしょう。それが思うようにいかなかっただけで。」
品: 「うーん、うんうん。」
タ: 「第2に現在活躍している選手・・・という話にしても、残念ながらリングスで実力を貯えて上に上がったっていう選手は、高阪がギリギリ挙げられるくらいで、ダン・ヘンダーソンとかヒカルド・アローナ、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラみたいな選手は、すでにそれだけの実力を備えた上で参戦して、たまたま通り道、初来日がリングスであったっていうだけでね。」
品: 「いや、それは「リンオタの理論」から行くと全く違っていて、リングスを一度でも踏んでしまった人は、すべて"元リングス"、すべてリングス所属となるんですよ。
えー、リングスUSAからね、古くはリングスオレゴンなんてのもありましたけど(笑)。誰だったか名前忘れちゃいましたけどね。 まあそういう選手もいまして、一回でもリングスの踏み絵を踏んでしまった人は、"リングス"っていう焼印がですね、ばっちり背中に押されるわけですよ。」
タ: 「確かに自分もリングスの選手の一員、とまでは言いませんが、この前マッハとヒューズがUFCで戦った時は、『ヒューズに簡単に負けられちゃ困るなぁ』とは考えていましたね。」
品: 「それで、それをPRIDEは利用したしね。他の団体も利用してますし。リングスだからどうのこうのとか、そういうことじゃなくて、リングスを一回でも触っちゃった人は、ずーっとエンガチョが憑いてまわるんだって言うね(笑)。僕はそう思ってます。でも、それは別に悪くないんじゃないかって思うしそれがかえって今、元リングスファンの心の支えになってかえって良いんじゃないかって、そう思うんですね。」
タ: 「いやぁ、パンクラスみたいに色々な意味で変わり果てたとしても、残って欲しいと思ってる人の方が多いと思いますよぉ。」
品: 「でもパンクラスなんて『なんでこいつパンクラスファンやってるんだろう?』とか『コイツらの心の支えは何なんだろうな?』って思う事が沢山あるんですよね。
パンクラスっていう競技が好きなわけでもなさそうですし、船木が何にもタッチしてない今、何のためのパンクラスなのかなっていうのと、グラバカが出てきたら急にグラバカが好きになったり、パンクラスファンってリングスファンに比べると凄い節操が無いんですよ。
でもリングスファンていうのは、前田を中心にして、前田が良いって言った事、前田に常に賛成だったんですね。要するに、前田が『神』だったんですね、田中正志風に言うと。」
タ: 「高田も前田も神様で中西百重も神様。神様大量生産ですね。」
品: 「まあ、日本は八百万(よろず)の神なんで(笑)そういう意味では、リングスって言う運動体の中に巻き込まれた人たちっていうのは、みんなリングスだって、そういう風に見てきても良いんじゃないかな、と僕は思うんですがね。」
タ: 「神様つながりで思い出したんですけど、昔Uインターとリングスが争っていた時に、友人と話したのが前田はポピュラス(世界を創造するゲーム)をやっているイメージで、高田はシムシティ(町を造っていくゲーム)をやっているイメージなんじゃないかって言っていて。」
品: 「なるほどなるほど。それは判りやすいですね。やっぱ、高田はシムシティですか。」
タ: 「で、パンククラスはシムヴィレッジで(笑)。」
品: 「なるほどね。高田がシムシティって言うのは、凄く共感できるなぁ(笑)」
タ: 「古いゲームのネタなんで受けるかどうか不安でしたけど・・・。」
品: 「いやいや(笑)。で、僕がリングスを好きなの部分というのは、新日に(ショータ)チョチョシビリとか来たじゃないですか。その時にレッドブル軍団と称した連中に、まあ簡単に言えばプロレスをやらせたじゃないですか。」
タ: 「ハシミコフとビガロの東京ドームでの初対決(89年4月24日 2分26秒・水車落としからのエビ固め)には本当にシビれましたけどね。」
品: 「あの手法を新たなる格闘芸術の一つとして、もうちょっと格闘色を増やしてプロレス流の受身が取れない連中に同じ事をやらそうとした。そして昇華させたのが前田の功績だと思うんですよ。そしてその中で一つの輝ける金字塔になったのがヴォルク・ハンですよね。」
タ: 「はい」
品: 「そういう凄さ、彼らなりに出来る事をプロレスの中に表現させたっていう事はもの凄い事だし、それと関節技が極まっているのにも関わらず、ロープブレイクする事でお客さんを一番沸かせる手法だっていう事に気がついた、という事がUWFの一つの功罪であるし、初期のリングスにも繋がっている部分っていうのがね、そこが凄さだと思っているんですよ。
その部分をなんで僕が凄い!って言うのかっていうと、真剣勝負そのものに関しては、僕は佐山のアマチュアシューティングからほとんど見てきて、そこで「関節技っていうのは一度極ってしまったら終わりなんです」というのを僕個人としては凄く叩き込まれてるんですね。」
タ: 「その時の観客ってどれくらいですか?(笑)」
品: 「200人くらい(笑)。まあその、柔道とか見てもあまりにもあっけなく終わってしまう、というのはね、ただあっけなく終わってしまったら、お客さんって「終わりかよ!(not三村)」って思っちゃうのね。
それを攻防・・・あくまでも見せ場としての「関節技が極ってしまってるんだけど、ギブアップしない」という攻防を、観客論につなげてしまった所の凄さが、やっぱりUWF〜リングスに繋がってるんじゃないかと思うんですね。
その部分ではちょっとUインターは多少違うかなってとこはあるんですけど。」
タ: 「逆にいうと、関節技が一瞬で極ってしまって、『もう終わりかよ』っていう風にお客さんが思ってしまう事に対する功罪っていうのが、そこにルーツが有るっていうのが、不思議に今思いましたね。
関節技、例えば柔道っていうのは、日本ではかなり普及している競技にも関わらず、関節技が極ったらもう終わり、という通念がほとんど見る側に刷込まれてないっていうのが、不可解と言うか。」
品: 「やっぱりそれは、日本がプロレス文化だからじゃないですか。
やっぱり関節技っていうのは、UWFっていうのはレスリングじゃないんですよね。
ゴッチイズムとサンボなんですよ。サンボって言っても浅子の方じゃなくて(笑)、ビクトル(古賀)の方なんですね。」
タ: 「一応浅子も旧UWFのフロントにいた時期があったらしいですけどね(笑)。」
品: 「要するにビクトル流のサンボ技術、十字・膝十字含めた、まあヒールは入れても良いのかどうか判んないですけど。ヒールはイワン・ゴメスだって言われてますんで。」
タ: 「UWFにアンクル・ホールドを持ち込んだのは船木だそうですけど。」
品: 「そのアンクルはWWFでシャムロックに継承されたし(笑)。そういう部分の中で源流っていうのは、あくまでも真剣勝負に見せかけてるって言う部分で・・・見せかけてるなんて思いっきり言ってますけど(笑)、それはやっぱりサンボの部分だと思うんですよ。その流れで来てるのが、UWFでありリングスであるんです。
で、そこに神風のように現れたのが、UFCであり、ホイスやヒクソン率いるグレイシー柔術だった・・・と、僕はそう思っています。」
タ: 「ところでこれはメモ8さんからの受け売りなんですけれども、一昔前の関節技の攻防っていうのは、ポジショニングの概念が全く無いので、ワークなのか、ただ知らないだけなのかっていう事が非常に判別しにくいっていう話があって・・・。」
品: 「(大きく肯く)」
タ: 「自分の行っているジムに佐山さんから修斗を習っていたという人が通っていて、その人が言うには10通りくらいの関節技のコンビネーションっていうのを習ったんだけども、それはやっぱりポジショニングの概念が無いもので、あくまで関節技の型として覚えるにはいいけれども、今のポジショニングの重要性が認識されている時代に使えるかっていうと、それはちょっと疑問だと言っていました。
勿論その頃は総合の概念さえない時代で、間違い無く最先端のものではあったんですけれど。」
品: 「USA修斗の中村頼永ってジークンドーの偉い人いますよね?彼がデモンストレーションで関節技を次々と極めていくビデオっていうのがあって、それってまさにUWFイズムの最たるものだと思うんですよ。いつ頃だったかなぁ?
それと藤原組長が当時若手であった安生とかをバッチバチ極めていくのとかありましたよね?あれにはポジショニングの概念は全く無いです。実際は顔や身体の急所をグリグリしてるのがほとんどでしたけどね。動物おとなしくさせるみたいな感じですね。
で、それが、ポジショニングをやられる事によって全部崩れたんです。すべての技が。」
タ: 「高田もゴン格のインタビューで自嘲的に言ってましたね。」
品: 「だけどもそれすら呑み込んでしまったのが、佐山率いるシューティングだったんです。
佐藤ルミナとかマッハとかそういう今残っている選手、でー桜田君(桜田直樹)とか、当時の伊藤君(伊藤祐二)とか関島君(関島康人)とか、最近復活した田代君(港太郎)とかはポジショニングの概念を全く持ってなかった世代なんです。そういう連中がやったのと今の修斗って全く違うものなんですよね。
そしてその変革のキーを握っていたのがやっぱり中村頼永なんですよ。
何故、またそこで中村頼永かっていうと、チャド・スタヘルスキーとかヒクソンの道場に行ってた連中、カリフォルニアでタマタマ来てた連中・・・当時はまだバリ・ツーヅとか言われてましたけど・・・一番最初にポジショニングの概念を日本に運んできたのが、彼らUSA修斗だったと思うんですよ。」
タ: 「それはNKでの第1回VTJより前ですか?」
品: 「前ですね。ハッキリと黒船が来たのはVTJだと思いますけど。
ヒクソンがちゃんとポジショニング決めてから十字極めたりね。技術体系としてどうもポジショニングというものがあるようだっていうのがそこで見えてきましたけど、それ以前に一部輸入されてたんじゃないかなぁ、って個人的には思ってます。」
タ: 「本格的にポジショニングの概念がオモテに出たって言うのは、いつくらいだと思います?」
品: 「う〜〜ん。僕が個人的に思うのは、中井の高専柔道から入ってきてるかな。あとラケットボールのエンセンも入れといても良いな。修斗でやったホイラーの弟子のアートゥー・カーチャーと中井戦なんか衝撃的ですよ。」
タ: 「高専柔道にはポジショニングの概念が、やはり確かに有ったわけですね。」
品: 「間違いなく有りましたね。 抑え込み競技ですからね。」
   
次回へ続く)

<今週見た興行>
まずは6日のLOFT+1でのタ−ザン&吉田豪のイベント。一応ネットでネタ流したら死刑らしいので、当たり触りのないところで。前半は長州ネタを中心に盛り上がり、休憩に入ったところで少女マンガを読んでいたら、見知らぬキュートな女の子から声をかけられる。「おぉ!とうとうオレ様も有名に!観戦記ネットやってて良かった〜!」と思ったら全然違ってWM9ツアーで一緒だった人だった。会うのは8年ぶりくらいのはずだがよく覚えてるなー、というのと同時に度胸のある人だなーと感心しましたよ、色々な意味で。
ま、残念というか当然ながら色っぽい展開にはならず。どうも吉田豪のファンみたいね。
後半は質問コーナーで自分の書いたのは「次に危ない団体はどこですか?ボクはアルシオンが本命で対抗はみちのくです。」「う〜ん、アルシオンはイイ線だねぇ。」ホメられちゃいました(違うか)。
7日は闘龍門後楽園大会。どうにも期待値が高くなり過ぎているのが目下の悩みだ。観客は目に見えて20代後半の女性が増えているが何かあったのだろうか。どうも同日の新日本武道館よりW杯の方が客層がカブってるのか市川のSWより「スクール・ウォーズ」のHEROの方がリアクションが大きかったです。
メインのヘア・マッチはSUWA対キッドと同じフェイクエンディング・アングル。今回もよかったけど、前回のはキッドの「信じてたのに〜」のセリフも含めて完璧過ぎ。サスガに比較にならず。
9日はコジ興行・・・と思っていったら宇野まで出場するまさにAPE興行でした。これからの全日本は外部のプロデューサーにも門戸を開くという事か?だとしたら凄い興行に立ち会ったのかも。
それにしても宇野ちんの活躍のハバ広さはスゴイな〜。これで来年の週刊プロレス選手名鑑に宇野ちんの顔が載るのかと思うと・・・。





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