第37回 ジャンボ鶴田修士論文読解 Part1
■投稿日時:2002年4月21日
■書き手:Drマサ


テクスト:鶴田友美、1996『現代レスリングが直面する課題―ジャンボ・鶴田の理論と実際―』
     筑波大学大学院体育研究科コーチ学専攻修士論文


1 ジャンボ鶴田修士論文の問題意識と構成

 ジャンボ鶴田の修士論文の中身は、黒瀬悦成著『ジャンボ鶴田 第二のゴン
グ』(朝日ソノラマ)においてかなり紹介されている。しかしながら、今回のこ
のコラムではよりその内容を吟味しつつ、要約し批評していこうと思う。ジャン
ボ鶴田こと鶴田友美氏の修士論文は本文が原稿用紙で約600枚と資料が65ペ
ージに渡る。こられを網羅して要約するのはなかなか困難ではあるが、全体像を
素描するだけではなく、その理論の問題点をまた議論していこうと思う。

 プロレスに関わってきたものとして、当研究の動機と目的を「プロレス界への
恩返し」と位置づけ、レスリング及びプロレスの発展に関する問題点を浮き彫り
にしようとする。議論は4つの軸を持ち、それらを総合するところに21世紀の
理想のレスリングとプロレスのあり方を発見するよう努める。特に鶴田自身は競
技としてのアマレスとエンターテイメント・スポーツとしてのプロレスの連続性
を重視し、プロレスが芸術・文化としてのスポーツとして社会の中で正当な地位
を獲得する戦略を考察する。

 では4つの軸とは何か。第1の軸は、鶴田本人のレスリングの生活史における
経験の実体とその抽象化としての「ジャンボ鶴田のレスリング理論」の発見ある
いは構築である。「経験の理論化」と位置づけられている。「未熟児すれすれ」
で生まれた少年の生活環境全般、また少年から青年期における生活とスポーツと
の関わりにおける身体能力獲得の考察、また大学時代からミュンヘン・オリンピ
ック出場に至る紆余曲折とその”天才(鶴田自身は自覚していないようだが)”
ぶり、プロレス入り後のプロレスにおける身体の獲得過程が語られ、以後名勝負
といわれた様々な試合に対して自己分析をしている。この名勝負に関しては黒瀬
の著作においてかなり触れられているので参照してもらいたい。プロレス入り
後、35歳になるまでは強さへの執着があったが、それ以降は年齢による衰えと
病気による体力低下からプロレスへの取り組み方は異なってきたという。つま
り、トップであることに対する執着が薄れたという。

 ちなみに鶴田がプロレス入りに際して「就職」という表現をしたエピソードが
プロレスラーとしての意識としては批判されたものだが、なぜその様な表現をし
たかを語っている。当時のプロレス界の風潮からすれば、アマレス・エリートの
鶴田がプロレス入りすれば、その旧態依然とした体質から鶴田自身の技術や可能
性を発揮し得ないものであったと指摘する。当時アマレス出身のマサ斉藤やサン
ダー杉山は、古株のレスラーの抑圧から「いいかっこはさせない」として、アマ
レスをバックボーンとすれば可能なバック・ドロップという難易度の高い技を使
うのを控えていたという。

 これはひとつの事例に過ぎないが、当時新興のプロレス団体である全日本プロ
レスにはその様な雰囲気がなく、「ノビノビとバック・ドロップを使った」とい
う。つまり、一般の就職同様、大学で学んだ得意の知識・技術を活用することが
できるという点から「就職」というイメージを想起させたというのである。オリ
ンピックを目指して獲得したレスリングの技術を活用することができる場がプロ
レスであったということである。勿論、ジャイアント馬場のバック・アップなく
してあり得ない事態でもあり、新エースを約束されていたからこその待遇でもあ
ったろう。新興団体であることの自由さとジャイアント馬場の教育方針が、大学
新卒の就職がもつイメージと重なったということである。鶴田は忌憚なく「希望
に満ちた」と表現している。

 第2の軸は日本や世界のプロレスの動向を小史として概観し、プロレスの経済
的な繁栄と社会的地位の落差をひとつの問題として抽出し、そこにあるプロレス
哲学、つまり理想論やプロレス反映の方法論を考察する。また、既存のプロレス
の社会学的考察を遡上に上げ、プロレスへの偏見を解消する地点に古代ギリシャ
のレスリング観とアマレスとプロレスが交流可能なレスリングのモデルと価値を
見いだそうとする。

 鶴田の信念としてみいだされるのはレスリングの普遍的な価値であり文化とし
ての重要性である。それはアマレスであっても、プロレスであっても同様の位置
づけがなされている。鶴田が強調するのは、普遍的価値のあるレスリングをその
基底としてアマレスとプロレス共に共有することが、翻ってプロレスへの偏見を
解消する手だてであるということである。そこに発見されるレスリング哲学が社
会的にも認知されることによって、レスリングの知的水準と芸術的水準が向上
し、レスリングの社会的地位が確固となると主張するのである。

 第3の軸は、第2の軸で見いだされた問題点を考察する対象枠としてギリシャ
のレスリング観を考察する。ここで具体的にレスリングの理想モデルとしてギリ
シャ時代の身体観が考察される。この理想モデルを現代のレスリングに取り戻
し、普遍化することこそが現代のレスリング環境に必要不可欠なことであると主
張される。ここで古代レスリングの歴史およびレスリング観を概観し、芸術美と
してのレスリングの価値を定式化していく。そこにギリシャ哲学の調和(ハルモ
ニア)と芸術性を賛美する身体観があり、それを具現化するものとしてレスラー
が存在するのである。

 プラトンがパンクラチオンを否定的に見ていたのは、過剰な競技性や勝利至上
主義がその芸術性と人間世界の調和を損なうものであったからであろう。ギリシ
ャ哲学に関しては後々考察を加えてみたい。ここではユニークな考察がなされて
おり、古代ギリシャのレスリング資料と現代のプロレスの身体所作を重ね合わせ
る作業が行われている。

 例えば、アテネ国立考古学美術館所蔵のアテナイのテミストクレスの壁にある
レスリングのレリーフやパンクラチオン競技者と思われるものがキックおよびパ
ンチを繰り出しているブロンズ像を「プロレスの組み手からロープにとばして
「ハイ・キック」や「ジャンピング・ニーアタック」へ移行したんではないか」
と分析する。勿論現代的な空中殺法をそのまま意味するわけではないが、闘うも
のが有利な体勢を取る上で、あるいは技のつなぎとして位置づけるのである。つ
まり、現代のプロレスであろうと古代レスリングであろうと(この場合パンクラ
チオンが例となっているが)その身体所作に共通の土台が見いだされるのであ
る。

 古代レスリングの壁画で見いだされるバック・ドロップやサイド・スープレッ
クスと思われるものも現代のそれも、その技術の土台が共通のものであれば、レ
スリングとして同一の地平において考察してよいことになる。そこにレスリング
の本質を見いだすことができるのである。そこから競技化へと進展するのか、そ
の身体所作の可能性をスペクタクル性という鑑賞的な芸術性へと進展するかは文
化の質に依るのである。強調すべきはレスリングに本質としてのレスリングが存
在するということである。この思想を有効とすれば、この本質の延長線上に位置
づけられないとすれば、それはレスリングではないし、プロレスでもないという
ことになる。以前、武藤敬二が自身のプロレス、あるいは新日本プロレスと大仁
田厚のプロレスを差異化して、自身のプロレスのムーブがレスリングを土台とし
ていることを強調していたことがある。武藤いうところのプロレス観が本質とし
てのレスリングという思想を表していると考えては行き過ぎだろうか。

 第4の軸は、これらの思想を基軸としてプロとアマの共存共栄に関して笹原レ
スリング会長とのインタビューを基本としてその施策を提言することによって、
その考察は終了する。古代レスリングはその時代その地域でメジャー・スポーツ
であった。鶴田は現代においてレスリングがメジャーとなることをプロとアマの
関係を再構築し、スポーツ政策の改善、そして日本の武道精神と接合可能な思想
を構築する中で可能になると提言するのである。

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