第32回 死に包囲されるプロレス、死を包囲するプロレス Part3
■投稿日時:2002年1月25日
■書き手:Drマサ


3 焼尽(焼身)としてのプロレス

 香山が見るプロレスの会場は、生の焼尽としてのカーニバル的空間ではなく、
「変幻自在で移り気な」”半ばカーニバル”的空間を現出させるものである。プ
ロレスにおける緊張感の欠如が「死に裏打ちされた生ではない」こと、つまり
「プロレスほど実際の死から遠いスポーツはない」のである。しかしそれは逆説
的に、生のモナドに満たされたプロレスにアンダーテイカーという屹立する死が
代入されることによって、プロレスが死を内在化し飼い慣らすのではなく、生と
死という対立的な認識枠組みが失効する。湾岸戦争で現実世界においてカーニバ
ル的に生を謳歌するアメリカ社会のファシズム的雰囲気のなか、アンダーテイカ
ーは登場した。ファシズムを沈めるためにアンダーテイカーはやってきたのだろ
うか。そうではない。この様な死を香山は次のように表現する。

 彼が現れると生の浮遊は中断され、彼が演じる死をじっと見てしまう。しかし、
そこで表される死は決して生の根拠になることはないだろう。死に裏打ちされな
い生の形態があるように、生の繋留装置にはならない死もあるということだ。

”葬儀人”アンダーテイカーが奇妙なベビーフェイスとして、人々の歓喜を創造
するとき、アンダーテイカーによって案内され表象される死はまさに救済という
事件であった。しかしながら、これは余りに奇異な事件であった。プロレスにお
ける生の「光の輪の強烈で垂直な性格」が一転し、暗黒という光によって照らさ
れる。このカーニバル的な世界観は鏡の中に映し出され、鏡に映し出されえなか
った不可視の世界を想像させてくれる。そこには「象徴化とは無縁な」死の表象
ならざる表象が忽然と姿を見せたのかもしれない。芸術的な美の感覚とでもいう
ものが、真理よりも価値あるものとして、永遠の瞬間の体験において垣間みると
いう錯誤に賭した感受がそこにあったのであろうか。生を秩序立てるための死で
もなく、生成の仮止めの原理としての死でもない、ただひたすら否定的な言説で
しか表現しえない死という”存在”は、カーニバル的な生の昂揚の反転した形式
としてどうにかイメージするのみである。

 このアンダーテイカーによる死の表現は、異例中の異例であろう。なぜなら、
プロレスのカーニバル的な性格からすれば、プロレスにおける死は常に乗り越え
られたものとしてあるといえるだろう。一元化された生にのみ与すればよいので
ある。ブロディがプエルトリコで無惨な死を遂げたとしても、プロレスという空
間においては、ハンセンがその弔いをシュミラークル化して見慣れた光景を構築
する。「そこではレスラーの死亡さえ、浮遊する生が形を変化したイベント」と
して催されているようである。我々は本当に彼の死を実感することができただろ
うか。分裂症者と同様、ブロディは今もどこかのマーケットでプロモーターを困
らせているのではないかと脳裏に浮かんでしまわないだろうか。この「死を内包
しない」プロレスの真実が、生の「光の輪の強烈で垂直な性格」とバルトが表現
した全的な人間の喜びを想起させずにはおかない。プロレスにとって、死は敵で
はない。

 しかしながら、この人間的な喜びに沸き返るプロレス空間を包摂するものが死
であるとしたらどうだろうか。香山はジャイアント馬場の死を最大の起点とし
て、三沢光晴率いるノア旗揚げ、全日本プロレスの動向の関係からプロレスと死
の関係に関する考察を更に展開する。

 アンダーテイカーやカーニバル的な世界を現実化するプロレス空間内におい
て、死は敵ではなかった。それは、”純プロレス”とは異なる「船木VSヒクソ
ン」における船木の闘う姿勢においても同様である。香山の議論から少しばかり
逸脱してみよう。”純プロレス”が弛緩した雰囲気を醸し出すことがあるとして
も、生のモナドが歓喜の振る舞いを見せることに違いはない。船木がまさに死ぬ
場所を見つけるためにヒクソンを選択したとするならば、それは宮沢賢治的な焼
尽思想の体現であり、死という観念の乗り越えとして先のカーニバル的な生の全
的な沸騰の実存主義的表現であろう。

 宮沢賢治を自我論という問題から照射する社会学者の見田宗介は、賢治の自我
がその自我が崩壊するような地点へ、つまり存在の”地”の部分への鋭敏な感受
性に彩られていたと論じている。自らの存在が「世界に対して垂直に立つ」かの
ような地上と天上の距離感を無効化させる己の生の否定を伴っている。賢治はゴ
ッホの「糸杉」に惹かれていたという。

 ゴッホの<糸杉>は周知のように、<炎>のイメージを伴っている。黄金色に
燃え立つ ように身をよじりながら天に向かってのびてゆくもの。それはまさに
さらにゴッホの、わが身を焼き尽くしたような生それ自体(あるいは神話化され
たイメージ)の倍音をも伴っている。(見田宗介 1984『宮沢賢治 存在の
祭りのなかへ』)


 賢治は自らの自我のあり方のなかにある修羅的な存在者を、一気に焼き付くし、
自らの身を浄化させることを意志していたのである。かつ賢治は自らの人生が破
綻するかのような下降欲求を抱え、その一歩手前のところで限界を追求したので
ある。賢治の欲求する自我の在処が社会的に生産可能な場所は、経済的社会的位
置付けにおいては貧しき下層農民のそれであり、精神的には「生活の下半身を捨
象したままの、魂の融合」であった。

 この賢治の焼尽と下降欲求にかられる自我のあり方を船木のヒクソンへの欲求
と重ねてみたくなる。それは、船木が理想とするプロレスラー像の貫徹をプロレ
スラー船木の死という現実によって体現したものであったはずである。船木とい
う生のモナドはヒクソンのチョークのなかで、真にプロレスラーとしての振る舞
いに生きたのである。ゆえに、そこで死は敵ではなかったとの神聖なレトリック
を言説化することができるのである。賢治が自ら禁欲的に死に向かい、その一歩
手前にある焼尽という悦楽は、船木がヒクソンを知る前から無意識的に向かって
いた敗北という悦楽に重ねてみるとしたら、誇大妄想的であろうか。

 新日本プロレスから始まりシュート革命としてのパンクラスをたち上げるこ
と、この興業世界の論理からすれば無謀ともいえる企ては下降欲求として理解で
きる。そしてそれはその自我のたどり着くべきところを決定付け、ヒクソン戦と
いう焼尽を運命としていたのではなかったか。これこそ、プロレスラーという存
在の原罪を自己犠牲という儀礼によって贖ったのである。しかしながら、この自
己犠牲がプロレスラー船木の自己存在の根拠に関する止みがたい問いに対するひ
とつの解答であっただけではなく、この自己犠牲という死のなかで光をも見てい
るのである。自己犠牲は他者との関係から導き出される道徳を必然化するようで
はある。だが、焼尽=焼身はその様な道徳という重苦しい死という観念とは異な
る論理を持っている。それは不可避的な選択ならぬ選択による自由の実現でもあ
った。自由は選択しえないのだ。ゆえに、我々ファンは船木のプロレスラーとし
ての死を単に勝負論やあるいは興業論という社会的常識という道徳によってのみ
理解するわけにはいかない。

 船木の切実な願望を、自我を単独者として感受する自由であったと肯定的に捉
えておきたいものである。この「死に魅入られた」自由は、死を超越して死のむ
こう一面にまで生を充満させた世界への力学である。つまり、身体に内在する生
によって死が無効化する地平を開いていたのである。

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