第22回 ディアスポラとしての力道山 Part5
■投稿日時:2001年11月1日
■書き手:Drマサ


5 力道山のライフヒストリー(3)

 朴の視角は、強調されてきた日本の英雄である力道山像をカウンターする地点
へと切り込んでいく。つまり、母国=北朝鮮、およびその同一民族である朝鮮半
島の人々の英雄像としての力道山を積極的に主張する。その作業として、母国で
の力道山像を資料から救い出してくる。それは「朝鮮人コンプレックス」を仮説
的な”説明原理”としてこれまで描かれてきた姿とは異なるイメージを我々に喚
起させるものとなっている。あるいはそのような意図を持っているといえるだろ
う。

 北朝鮮の人々が慕う力道山の姿は、民族から逃避した力道山ではなく、民族を
愛してやまなかった金信洛であり、祖国を忘れることがなかった金信洛であった。
私たちは、こうしたヒーロー伝説から、日本人には見えなかったもうひとりの力
道山の姿を読み解くことができるのではないか。(P148)

 このような作業はカウンターとして見いだされる具体的な力道山像を知ること
によって、こうした日本人の英雄である力道山像と、祖国の英雄である力道山像
という重層的に絡まりあう錯綜する力道山というひとりの人間をどうにか思い描
くことができるのではないだろうか。この具体的な力道山象を描くに当たって、
朴が見いだす資料は1963年の力道山の韓国訪問に関わる報道を中心としてい
る。

 1963年1月9日付『東京中日新聞』は力道山の韓国行きを記事にしてい
る。力道山は、訪韓を非常に喜んでいたようである。しかしながら、当時、力道
山が朝鮮人であることはタブーであったが、この記事では力道山が朝鮮人である
ことを明確に示す内容となっていた。そのため、日本に帰国した力道山は『東京
中日新聞』を取材拒否している。また、ソウルから外電によって「母国の英雄」
とされた力道山の記事は各メディアに黙殺された。ちなみに2001年の現在で
も、日本サッカーで最も成功した某選手が在日コリアンであるという噂があり、
タブー視されているという現状が重なってくる。

 さて、北朝鮮では力道山訪韓をどのように捉えたのだろうか。『統一新報』
(1984年3月16日)では、力道山訪韓の目的は金日成首相に心酔する力道
山の信念を転覆させるために仕組まれたものという趣旨であったという。いわゆ
る北と南の対立という政治的な文脈が、力道山訪韓に投射されたもののようであ
る。『統一新報』によれば、この目的とは裏腹に、力道山の祖国=北朝鮮への思
い、及び金日成への信奉こそがその結果となったということになる。この『統一
新報』の記事が事実か否かということが問題ではない。日本における力道山の地
位が大きくなるにつれ、日韓スポーツ交流の活性化、戦後補償問題に関わる日韓
予備会談の戦略に政治的に力道山が利用されたという面は否定できない。力道山
にとって、北と南の問題がどのような意味を持っていたかはわからない。しかし
ながら、この事実とは異なる次元において、北朝鮮の人々による力道山像と力道
山による祖国への思いが重なる部分があるとしたらどうだろうか。事実、力道山
は北朝鮮の人々の英雄なのである。

 「朝鮮人コンプレックス」を抱きながら差別的状況に被投され、その実存状況
を生きて行くしかなかった力道山とは、朴が『統一新報』による人間力道山像を
「虚像の力道山かもしれない」と留保をしつつも、「じつは北朝鮮の人々が思い
描いた力道山の姿にこそ、本来の力道山の姿があったのではないかという気がす
るのである」という指摘において、日本においては後退してしまう力道山を救い
出す新たなまなざしを含むものである。

 『統一新報』は、力道山の死に際して、次のように綴っている。

 彼はどんなことがあろうと、ふたたび過去の力道山に戻りたくなかった。
 ……臨終が迫ったとき、力道山は訪ねてきた同胞の一人にこう語っている。
「私は、私がなぜ死ぬ のかを知っている。私が朝鮮人だからだ。・・・私が死
んだら、私の骨は祖国の土に埋めてくれ。……あー祖国、祖国がなつかしい。そ
こには私の愛する娘もいる。今二十一歳だ。私の娘が来たら、このアポジは祖国
も自分も裏切ることなく、朝鮮人としていき、清らかに死んだと伝えてくれ」彼
はこうして最後の息をひきとった。(P147)

 この記事の内容に虚飾や、無意識的な政治意識が介在していないなどとはいえ
ないであろう。しかし、単なる事実が問題ではない。また、「単に祖国を忘れる
ことができなかった金信洛」といっては、力道山の一面を本質化するともいえる
だろう。そのような意味で、朴の視角の延長線上を見いだす必要がある。そこに
おいて、「朝鮮人コンプレックス」によって朝鮮人であることを忌避し続けた力
道山像と、朝鮮人であることを愛している力道山像が交叉する、この矛盾を抱え
た主体像をこそ読み解くことができるのではないのか。

 この矛盾を抱えた主体像として捉えられる力道山とは何であるのか。「民族と
は何か」という問いがここに存在していることはいうまでもないであろう。しか
しながら、「民族とは何か」という問いを設定することによって忘却される問い
がその背後に常にからみついてくるのである。民族問題に関する解答の類型とし
て様々な神話的解答が提出される。例えば、同化神話、平等社会神話、分断国家
神話等である。あるいは帰属か風化かという二項対立的な認識枠組みにおいては、
この矛盾を抱える主体像を捉えることはできない。この二項対立的な認識枠組み
を起動させる欲望とは、世界や真理を一挙に把握してしまおうという超越論的欲
望なのである。しかしこの欲望のあり方は、ある特定システムの特定価値を内面
化したものであり、それぞれの神話的解答はまさにそれに与するものである。
故に、それら個々の神話的解答に対してカウンターを浴びせる戦略が生み出され
るのである。朴によって提示される朝鮮人としての誇りを持つ力道山像の提示は、
まさにある特定の神話的解答に対するカウンターとしての意義がある。それは、
もし自らをエンパワーメントできない者たちが存在するならば、まさにエンパワー
メントの戦略になる。しかしながら、このような意義を肯定しながらも、その戦
略が新たな神話作用をもたらすことになり、力道山の生き方のある一面が失われ
ることに敏感である必要もある。

 そこで要求されるべき戦略は、特定価値に与する解答を回避する戦略を採る必
要がある。二項対立的な認識枠組みを乗り越える異次元の解答が見いだされる必
要がある。しかしながら、そのような視角へのアプローチは非常に困難な課題で
もある。なぜなら、ある特定概念を設定することに依拠する社会科学的思考によ
れば、二項対立的枠組みを呼び込んでしまう。可能なのはそれら考えを留保し、
これまでの文脈でいえば、ある眼差しの中に生きる人間をただ描き、その深さを
もってして表現するほかないからである。そのような文学的な力が私にあるわけ
ではないのはいうまでもない。とすれば、朴の実直な視角の有効性を軽視しては
ならない。文学的な力がある特定価値を留保し、人をそこに留まらせることがで
きるように、社会的なカウンターの提示が、特定価値を相対化する力を持つので
あるから。おそらく、矛盾する力道山像を垣間みるならば、この文学的な力と社
会的なカウンターの力を実感しうるのではないだろうか。

 さて、本稿最終節となる次節において、はかない試みながらも、この文学的な
力に接近してみようと思う。

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