第23回 ディアスポラとしての力道山 Part6
■投稿日時:2001年11月8日
■書き手:Drマサ


6 力道山の嘘言と猪木のリアリティ

 これまでの朴の議論を要約しておこう。アメリカの多文化社会におけるエスニ
ック・マイノリティの問題を考察する朴は、そこで見た多文化教育という制度が
エスニック・グループにおける特定文化や言語を教育に組み込むことによって、
マイノリティの活躍なくしてアメリカ社会の現在がないと認識共有される歴史教
育を評価する。それは社会におけるマイノリティの配置への配慮を社会全体で実
施することへと繋がっている。このような理解に楽観的な色彩が強いことは否定
できないが、マイノリティのエンパワーメントという点において一定の評価がな
されている。

 この視角を朴は日本における在日コリアンの問題へと接合する。そこで在日コ
リアンで日本社会を動かしてきた人物(本稿では力道山に限定されている)を取
り上げ、彼らが生きる姿と在日コリアン一般の姿が交叉するところを描き出して
きた。特に力道山とは、日本人の英雄のみならず、朝鮮人の英雄でもあるという
視点から日本人からは見逃されてきた力道山像が導き出されてきた。

 本稿の試みは、このような視角の延長線上において、力道山が日本社会の中で
自らまなざしの地獄を内面化する「朝鮮人コンプレックス」を媒介にその生活史
を大まかに見てきた。そこでは力道山のアイデンティティは常に揺らめき、時に
異なる位相を持って現れるものであった。本節では、この位相を支える力道山と
いう”実体”を把握するはかない試みとして二つの局面を考察していく。ひとつ
は自ら「親父は日本人だけども、お袋は朝鮮人だ」と発する嘘が持つ美学に関し
て。もう一方は、猪木が「望郷の念」として理解した亡き力道山とのコミュニケ
ーションの力学についてである。

 先に述べた戦後間もなく、朝鮮人による集団闇買部隊での列車の不法占拠のエ
ピソードで力道山は自らを「親父は日本人だけども、お袋は朝鮮人だ」として、
暴挙を鎮圧する。力道山はこの時点で国籍では朝鮮人のままであるが、相撲取り
として公には日本人である。この二重の、いや何重にも錯綜した彼の身元(非)
証明と「親父は日本人だけども、お袋は朝鮮人だ」という言説は呼応しあってい
るようにも思える。このとき、力道山は「親父は日本人だ」という嘘をついてい
る。しかしながら、この嘘を単なる嘘と非難することは何ほどのことでもない。
問題はこの嘘をつかざるを得なかった力道山という人物の社会的状況、実存的状
況をこそ看取しなければならない。

 ここにはある主のレトリックを使ったコミュニケーションが存在する。力道山
自身のアイデンティティの所在の危うさ。暴挙を働く者への戒めのための言説の
力を考慮すれば、純粋に「朝鮮人」であることの主張が持つ説得力。しかし一
方、日本人であることを主張する「親父は日本人だ」という支配的なアイデンテ
ィティへのすり寄り。この「日本人でもあり、朝鮮人でもある」という多様な属
性を持つ嘘言の持つレトリカルな力を利用して、あたかも確信を他者たちに向
け、その主張は承認へと変換されていく。嘘が確信へと変換するその瞬間であ
る。しかしながら、これは瞬間でしかない。うごめく「朝鮮人コンプレックス」
が回帰する。その具体的事例としては、あの相撲廃業のエピソードがそれであ
る。

 しかしながら、この嘘は他者たちからの承認を得ているのだ。このエピソード
においては、他者たちというのは暴挙を働いていた朝鮮人たち、その周りにいた
であろう多くの日本人、あるいは朝鮮人をも含むだろう。力道山という欲望する
ひとつの主体像が抱える「親父は日本人だけども、お袋は朝鮮人だ」という観念
は主張である故に、否決される可能性を持っていた。よって、他者たちの承認に
よって、この社会的な「主張」は「確信」へと変換され支えられるのだ。その後
日本人として振る舞う日本人の英雄・プロレスラー力道山が、無定型の大衆によ
って、この主張を支えられていくと考えるのにそれほど無理はないであろう。し
かし、この事態は事後的な承認を確保したとしては一面的でもある。日本と朝鮮
の植民地関係という差別的な社会状況を生きる主体である力道山には、正義への
志向や成功への欲望が組合わさるとき、しかもそのあり方が余りにもダイナミズ
ムに富んでもいる。それゆえ、彼の嘘言は既に準備されていたという側面をも持
つ。かつその嘘言は他者たちの承認さえ準備していたのである。

 力道山という欲望の主体の中に「朝鮮人であること」と「日本人であること」
という異質なアイデンティティのせめぎ合いが生じている。それは「朝鮮人では
ないということ」と「日本人ではないということ」を背後に忍ばせている。その
二つのアイデンティティのあり方は、両国の関係性の中で(両国であるというこ
とさえねじれている)色濃く刻印づけられてもいる。ここでのポイントは、力道
山が嘘言を発すること、つまりその主張とは、常にひとつの問いの設定に他なら
ないということである。なぜなら他者の承認を求めているからである。しかしな
がら、この問いはそれが問いであるということを隠されている。力道山の主張、
あるいは行為とは、力道山という主体の自己分裂をコミュニケーションと社会性
の基底におく秘匿されたラディカルな振る舞いなのである。

 この嘘言は、実は力道山にとってひとつの美学へと繋がっていたはずである。
無意識的にではあろうが、力道山のような錯綜するアイデンティティを有する者
は、時には社会に対して自らを偽ってその振る舞いを他者に提示するということ
があるのだ。そのため、慣習的な行為を乗り越え、あるいは離脱するときがあ
る。また、特定共同体を裏切ると思われる行為に踏み出してしまう。その反面、
それら共同体的なものをこよなく愛しさえする。ある瞬間的社会状況において、
自らも望まないような思考の身振りをその行為において実践するのである。

 この主体の二重性及び分裂こそを生きる力道山を見るべきではないか。故に、
単に日本人の英雄として、あるいは朝鮮人の英雄としてでは力道山のあの”空手
チョップ”の意味ならぬ意味を感じることはできないのではないか。力道山は自
らの嘘言が持つ力学によって、自らの行為を主体的に生きる空間として日本にプ
ロレスを組織化したのである。日本人として承認される最も強い磁場をプロレス
は支えていた。だからこそ、メディアは朝鮮人であることをタブー視して、日本
人であることを承認する機関の役割を果たすのである。『東京中日新聞』の力道
山が朝鮮人であるとの報道は、ジャーナリズムが日本人の心性を多様なズレを持
ちながらも、それらを確認する機関であることから逸脱しすぎたのである。ジャ
ーナリズムとは、このような文脈からすれば、人々の承認のエージェンシーなの
である。

 これまでの議論は、実存主義的な視点を採用しすぎてきたかもしれない。この
視点では社会構造のある主の顕現が、個々の人間の生きる条件であると還元され
てしまう傾向があるだろう。よって社会構造とは、実存的な具体的状況におい
て、現実的な他者たちにその承認の可能性という超越的な領域を設定してしま
う。しかしながら、そのような設定をずれ込むような論理を介入させようとして
いることに注意願いたい。また客観主義や歴史主義的観点から逃れうる実存主義
的視線の採用が、この超越を否定し、現実に存在する自己の生きる条件を仮想的
に乗り越える可能性を見いだしうるひとつの起点を提供できるともくろんだので
ある。それこそが力道山のプロレスなのではないか。プロレスはその社会構造に
まさに与する大衆社会論的生産物ではある。力道山もそれに、間違いなく与して
いた。プロレスという新しいジャンルが戦後心身共に貧した日本人を鼓舞するこ
と、そのような絶対条件をきっぱりと認識するその果て、そのことによって、力
道山は絶対的に対峙してくる日本の差別構造や自身の「朝鮮人コンプレックス」
を自らの問題として生きることになったのではないだろうか。いや、既に生きて
いたのではあるが、その乗り越えを垣間みせるものとして。

 つまりこの乗り越え、それはこのどうしようもなく生きるところでぶつかるひ
とつの表現として、空手チョップやあるいは猪木いうところの”怒り”が生じた
のではないのだろうか。だからこそ、力道山のプロレスは大衆社会論的認識枠組
みという此岸のなかで、その越え出ることの不可能な此岸のあちら側を幻想する
振る舞いとしても現れたとしては過剰な読み込みであろうか。猪木が「望郷の
念」「無念」として表現するのは、このあちら側を表現する手段がないが故に、
力道山にとって別次元にある彼岸である北朝鮮にからめ取られる言説となったの
である。

 しかしながら、それもまたからめ取られると行っては言い過ぎであろう。なぜ
なら、力道山という生き方を猪木は客観的なものではなく、まさにその身体(か
らだ)ごと主体的に住み込んだ空間として経験していたはずだからである。それ
は力道山という生きる経験を猪木自身の身体に直に触れてくる肌理において立ち
上げる。それは記号内容を持つメッセージとしてではなく、声としてまとわりつ
き、その響きを持って身体を撃つのである。「突然上半身裸になって、北の祖国
に向かって雄叫びを上げた」力道山の姿を思う猪木には、まさに力道山の「雄叫
び」が声の肌理として猪木にからみついたのではないだろうか。よって、猪木と
この仮想的な力道山のコミュニケーションとは、猪木という存在に大きなぶれを
起こさせ、ついには猪木と直接的に接するダイナミズムの故に、猪木の力道山へ
の複雑な思いを局所的にであっても融解させることになったのではないだろう
か。ベルクソンが哲学的直観を「対象の内部に入り込み、対象のユニークなも
の、従って表現し得ないものと合一するシンパシー」とする。力道山の「雄叫
び」が猪木の内部に入り込んだ。この経験は、わかりやすい言葉では語り得ない
ものへとつながれている。猪木はどうにか「望郷の念」「無念」としてつたない
言葉を絞り出したのである。

 ご意見・御感想等ある方は、下記ボタンで送信していただくか、掲示板にお書き頂ければ幸いです。





本稿の著作権はすべてKANSENKI.NET及び「書き手」に帰属します。

戻る
TOPへ