超・週刊プロレス 第二十号「風になれない鈴木みのる」
■日時:2001年10月31日
■書き手:愚傾(名前をクリックするとプロフィールの欄に飛びます)

 はい。どうも。愚傾です。

 いやぁ、五月末に連載を開始した当コラムも、回を重ねること二十回ですよ。ていうか本業であるはずの観戦記がぜんぜん書けてないもんなぁ。本来は「タイプの違うモノを書くという経験値を得て、それを観戦記に反映させる」のが目的だった当コラムですが、いつのまにか右手の親指から左足の小指までどっぷり浸かっちゃったというか。

 目的といえば、やっぱり週刊連載ということで、どうしても時事ネタというか、そのときどきでなるべくタイムリーな話題に傾倒しがちな当コラムなんですけど、元はといえば自分のプロレス/格闘技観というか、こんなプロレスがみたい、こんなプロレスが思い出として残ってるとか、そういう話を書くつもりだったんですよね。やっぱり第一回なんかを読み返してみると、そういう色が強いですね。なんか懐かしさを感じちゃうなぁ。「ナオヤは猪木に喧嘩を売れ!」ですか。五ヶ月後の現在、それは最悪のカタチで実現しつつあるみたいですけどね。

 というわけで、今回は初心に返って、敢えてタイムリーというわけでもない話題でいきたいと思います。このコラムが始まってから、ずっと書こう書こうと思ってた「鈴木みのる」について。タイムリーじゃないと言いつつパンクラスの興行があった週にこういうネタを持ってくるあたり、我ながらあざといと思いますけど。まぁ近頃、時事ネタもたいしたのが無いですし。松野行秀さんがタイガー・ジェット・シンのマネージャーとしてアイジャ(IWAJapan)のリングに上がるというのは個人的に凄く気になりますが。あ、アイジャって言えば日本テレビの「歓迎!ダンジキ御一行様」というドラマ(小川直也も出演中)に「なぜ平野勝美が出てるんだぁ?」という疑問もあるか。まぁいいや。とにかく今週は鈴木みのるで。

 まず、このコラムの熱心な読者の人は「なんで鈴木みのるなの?」って印象うけるんじゃないかと思うんですけど、その昔、五本の指に入るほど鈴木みのるが好きだったっていう時期があるんですよ。高校生くらいのときかな? まだみのるがパンクラスを旗揚げする前、藤原組にいたころです。ちなみに一番好きだったのは当時から三沢光晴で、他にグレート・カブキ、アルティメット・ウォリアー、あと何故かエル・サムライが好きでした。改めて見直してみると、手前のデタラメな嗜好ぶりは当時からまったく変わってないみたいです。

 いま名前を出した五人は、それぞれ違った魅力があると思うんですよ。当たり前ですけど。アルティメット・ウォリアーと鈴木みのるは別物だって、そりゃ誰がどう見ても別物ですし。まぁエル・サムライの魅力ってなんだ?って聞かれたら、いまだに返答に困っちゃいますけどね。なんで好きだったんだろ、サムライ。

 とりあえずサムライは置いといて、みのるです。上記五人は同一線上に並べられないカッコよさがあるわけなんですけど(サムライの何がカッコイイのかはともかくとして)、なかでもとりわけ、みのるのソレっていうのは極めて異質だと思うんですよね。なんていうんだろ。「尖ってる」っていうんですかね? 音楽でいえばハードコアパンクというか、そういう鋭角的な匂いっていうのが、鈴木みのるの最大の魅力だったんじゃないかと。ようは「ガキっぽい」っていうことでもあるんですけど。

 当時のみのるって本当に「ガキ」だったと思うんですよ。まぁ手前もトシを取って、当時のみのるよりも年上になったんだから尚更そう思うのかもですけど。例えば、みのるの有名な台詞に「相手の光を消したい」というのがありますよね。これなんてモロにガキの理屈じゃないですか。お互いを光らせあってナンボのプロレスラーが吐いていい台詞じゃないですよね。でも、みのるがそれを口にした場合、何故か受け入れられてしまうんですよ。それだけ「プロレスラー・鈴木みのる」の言葉よりも「人間・鈴木実」の感情のほうがボルテージが高かったということだと思うんですけど。

 そんなみのるも、ある時期を境に「ガキ」から「大人」へと成長します。きっかけは間違いなく「パンクラス旗揚げ」でしょうね。それまでは藤原喜明っていう親父のもとでワガママを言えたのが、船木誠勝という年子の兄貴と一緒に、高橋義生や柳澤龍志といった弟たちの面倒を見なきゃならなくなった。自分でも書いててイヤになるくらいの陳腐な表現ですけど、これ以外に無いでしょう。

 パンクラス旗揚げ後、手前が薄々と感じ始めた鈴木みのるへの違和感は、初代KOP決定トーナメントの準決勝。山田学戦で確信へと変わりました。あの試合で山田にエスケープを奪われたみのるは、あろうことか「笑顔」を浮かべてしまったんですよね。「やるじゃないっスか、山さん(ニコっ)!」みたいな感情を、誰にでもわかるような形で見せてしまった。

 いや、山田の技術や作戦を、内心で「凄ぇ!」と思うのは全然いいですよ。でも、それを表に出してどうするんだって。ウソで構わないから悔しがれって。俺はアンタにダンディズムもスポーツマンシップも求めてないって。見せて欲しいのはチェッカーズの歌のようにギザギザハートの鈴木みのるなんだよ! ……そう思った瞬間、手前のなかで「鈴木みのるのカッコ良さ」というものが、音を立てて崩れちゃいました。

 それ以来、第二代KOPに輝こうが、怪我で欠場しようが、そこから復帰しようが、菊田早苗に成す術も無く敗れようが、「鈴木みのる」が手前の心に響くことは無かったんですよ。そもそも長期欠場となった怪我の部位だって覚えてないし。首だか腰だかだったような気がするんですけど。ようするに、手前の中で鈴木みのるというのは、その程度の記憶しか残らない存在に堕してたんですよね。

 しかし、一度だけ、手前のなかで「鈴木みのるのカッコ良さ」が再燃した瞬間があったんですよ。「船木vsヒクソン」戦のときです。ヒクソンのチョークスリーパーで落とされ、カツによって蘇生した船木のもとへ真っ先に駆け寄り、敗北という事実を飲み込めていなかった船木を優しく包み込んだのが、誰あろう、鈴木みのるでした。そのときの絵は、実の兄弟よりも濃密な時間を共有してきた二人が、本当に久しぶりに見せた至高のツーショットでした。

 あれから一年半、現在の鈴木みのるはどうか。

 なんていうか、2001年に入ってからの鈴木みのるって、いろいろゴチャゴチャやってるじゃないすか。例えばキャッチレスリングを導入したり、コンテンダーズに参戦して宇野薫とタッグで激突したり、橋本真也と再会して「真撃」のPPVを解説したり、佐々木健介に対戦表明したり、挙句の果てには冨宅相手に「パンクラス旗揚げルール」なんてので試合をしたり。菊田を筆頭としたグラバカ勢が猛威を奮うパンクラスにおいて、敢えて流れに逆行したことをやってる。

 というか、もっとハッキリ言えば、パンクラスのなかで目立ちたいなら菊田をぶっ飛ばすのが一番効果的なんですよ。でも、その方法はあまりにもハードルが高すぎる。だから、設立メンバーにして、現在も横浜道場を取り仕切ってるという有利な立場を利用して、菊田(グラバカ)とは直接絡まずに、自分が目立てる方法を半ば強引に押し出してる。

 手前は確信してますけど、みのるが現在、推し進めてる路線というのは断じて「船木のいないパンクラスはオレが守る」という類のものでは無いはずです。あくまで「自分自身をアピールしたい」という、老いて、なお盛んな「ガキっぽさ」に他ならないでしょう。新日本プロレスの経営方針にちょっかいを出すアントニオ猪木みたいなもんですよ。結局、会社がどうこうというのは建前で、ようは自分が目立ちたいだけだの詭弁家です。だいたい三十路を過ぎてもまだ髪をマッキンキンに染め上げたりするような破廉恥な人に「パンクラスという僕らが作った会社のために……」と言われたって説得力まったく無いじゃないですか。

 そんな鈴木みのるが、誰がなんと言おうと、手前のなかでは「すっげぇカッコイイ」です。むかし好きだった頃、人間離れした凶暴な目つきをギラギラとさせてた頃よりも、いまの鈴木みのるのほうがよっぽど魅力的なんですよね。やっとガキっぽい鈴木みのるが帰ってきたんですよ。これが喜ばずにいられますかって。

 かつて、みのるは「風になれ」というテーマ曲を使ってました。手前はあれを聴くたびに猛烈な違和感があったんですよね。ていうか、あれに違和感を持たなかった人なんていないと思いますけど。で、それは至極当然な話だと思うんですよ。

 なんていうか、風って爽やかなイメージあるじゃないすか。鈴木みのるは「爽やか」じゃいけないんですよ。

 そいではまた来週。

 次回は今週末の「モーニング娘。横浜アリーナ大会」の観戦記に集中させて貰いたいので、賛否両論著しかった「品川vs愚傾の師弟対談」でお茶を濁させてください。





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