超・週刊プロレス 第四号「リングスファンの踏絵」
■日時:2001年6月20日
■書き手:愚傾(名前をクリックするとプロフィールの欄に飛びます)

 はい。どうも。愚傾です。

 いままでこのコラムでは、やれナオヤは猪木とやるしか道が無いだの秋山が長州の魔の手に落ちないか心配だだの闘龍門は三年目のジンクスに気をつけろだの、どうにも景気の悪い話ばっかりしてるような気もしますが、今週ものっけからネガティブな話で始まります。

 やっぱりまぁ毎週毎週やってるとどうしてもネタに乏しいときっていうのがあるもんですね。今週はまさしくそれでした。「産みの苦しみ」っていうんですかね。たったの四回目にして弱音を吐くのもどうかと思いますけど、やっぱり週間連載はキツイですよ。一回ぶんを書き終わって、一息つけるのって一日か二日だけですからね。その後はもう翌週のネタ探しに入るようじゃなきゃ、自分で納得のいくようなものは書けないです。

 あ、でも遣り甲斐は凄くありますよ。書いてる最中はイヤなこととかも忘れられますし。「課題を持っている」ことが楽しいっていうか。読者の方から感想のメールとか貰えたりするとめっちゃ幸せな気分になれますからね。なので、もうしばらく愚傾と「超プロ」にお付き合いくださいませ。
 ――こう書くと「遠回しに『ファンレターくれ!』と言ってるんだろう」って言われるかもしれませんけど、ぶっちゃけて言えば、まぁその通りです。ファンレター欲しいです。やっぱり手前も人間ですから褒められるのは大好きですし。
 勿論、異論反論でも結構です。やっぱり欲しいのは「反応」なんですよ。それがポジであろうがネガであろうが、実際のところは大差無いですね。正直言って。

 結局のところ、この世界って物議を醸したものの勝ちじゃないですか。まぁこの世界って言ってもどういう世界かわからないですけど。
 だから、良きにしろ悪きにしろ、物議を醸したいです。自分の書いたモノで。

 というわけで、今週は十余年にわたってプロレス界、格闘技界に物議を醸し続けてきた人と、その人が作った団体の話です。おお、我ながらいい文章の流れですな。

 冒頭で景気の悪い話ばっかり、と書きましたけど、それもここに極まれりって感じですよね、リングスの話をしだすと。
 先週金曜日の横浜大会も、いろんな人の話を聞く限りではなんというか退廃的なムードが漂ってたみたいですね。試合そのものは悪くなかったんだけど、客のノリがとにかく最悪だったとか。詳しくはメモ8さんの観戦記をどうぞ。

 思うんですけど、リングス(と前田日明)を昔っから応援している人って「強い」ですよ。K−1だのパンクラスだのといったシュート興行がまかり通るようになろうが、Uインターとモメようが、パンクラスとモメようが、ヒクソンと闘うって言っときながら結局実現しなかろうが、それまでの路線をスッパリ切り捨てて新ルールでガチンコやろうが、海の向こうでエンタテイメントプロレスが大隆盛になろうが、それでもリングスから離れなかった人の「芯」は強いなんてもんじゃないです。
 何かあるたんびに「今のプロレスは…」だの「今の新しいファンは…」だのとボヤくことしか能が無い……というかそんなもん「能」じゃないですね。そうやってボヤくことしか知らない、空気中の二酸化炭素以下の連中っているじゃないですか。そういう連中にもリングスファンの姿勢っていうのは見習って欲しいですよ。

 とはいえ、その「強い」リングスファンも、さすがにここにきて「芯」がブレはじめてきてるみたいです。実際、手前の身の周りにも多いんですよ。「今年に入ってからリングスファン…いやリングスバカで居続ける自信が無くなってきた」というファンって。そのくらい、最近のリングスには逆風が吹きまくってますよね。
 なんせ田村は離脱するし、生え抜きが二人も辞めたし。WOWOWとの契約にしたって良い噂は聞かないですし。これから興行を引っ張っていかなくてはならない日本人選手二名はメインとセミでそれぞれ敗退。加藤茶の言葉を借りれば「不幸のズンドコ」ですよね。別にカトチャンの言葉を借りなくてもいいとは思いますが。手前は自他ともに認める「NOAHバカ」ですけど、もしNOAHがいまのリングスと同じような状況になったら、手前のNOAHへの想いっていうのも結構グラつくと思いますよ。正直言って。

 ところで、リングスファンには二つのタイプがありますよね。
 一つは「前田日明」のファン。もう一つは「リングス」というプロレス(格闘技)団体のファン。
 前者はプロレスラー(もしくは人間)前田日明に心酔してる「アキラ兄さんにどこまでもついてくでぇ!」という感覚の人ですね。つまり前田という坊主が好きなので、袈裟であるリングスのファンになったというタイプ。で、後者はリングスというプロレス(格闘技)で行われてきた試合や、選手の言動などに感動してファンになったというタイプ。
 もっとカッコいい表現を使うとすれば「リングスファンには二種類しかいない。前田ファンと、それ以外だ」ってとこですか。

 さて、いま、これを読んでるリングスファンの人は、自分が前田ファンなのか、それともリングスファンなのか。胸に手を当てて、よぉぉぉく考えてみてください。

 なんでこんな話をしたかというと、リングスファンは「一つの決断」を強いられる時期に来てると思うからなんですよ。「決断」というか「覚悟」と置き換えても良いかもしれないですかね。

 いま、リングスは岐路に立たされてます。前田CEOは以前から「リングスは『団体』ではなく『場』である」っていう言い方をしてきたじゃないですか。でも、これはあくまで理想論であって、実態は違ってましたよね。おそらく、リングスファン以外で「リングスは『場』である」と思ってた人なんて日本中探したところで三十人もいないでしょうから。

 しかし、ここにきてリングスという「団体」は「場」になりつつあります。リングスファンの多くが毛嫌いしてきたPRIDE(=DSE)と同じような路線、つまり旗本も譜代も外様も無い道を歩みはじめるわけです。これは同時に、リングスファンの人は、これからリングスへの接し方、考え方のシフトをチェンジする必要に迫られるということなんですよ。

 例えば、もし仮に、先ごろ離脱した田村潔司がリングスの興行に参戦したとしても、彼は「リングスのため」には闘ってくれません。山本や成瀬もまた然りです。だって桜庭和志も藤田和之も「PRIDEのために闘ってる」と口にしたことは一度も無いですからね。だから、とりあえず契約を更改した金原にしても、今後は「リングスのため」という意識はおそらく見えにくくなると思うんですよ。

 というか、リングスとリングスファンは選手が「リングスのため」というコメントを述べ出したら、それを積極的に拒否するべきかもしれないですね。これは修斗を例にしてみるとわかりやすいです。修斗は「場」であるにも関わらず「修斗のため」に戦わせてきましたから。その結果、修斗は菊田、エンセン、宇野、郷野といったタレントを失ったわけですよ。同じ轍は踏みたくないですよね? ならば、それまでの「共同幻想」は捨て去りましょう。そうしないことには「団体」から「場」に生まれ変われないわけです。逆に言えば、それを(完全に、とは言いませんが、ある程度は)捨て去らないことには前田CEOのやりたいことの足を引っ張ることにすらなりかねません。

 さて、ここからリングスファンの葛藤は始まります。

 その前に、先ほどの質問をもう一度繰り返します。

「貴兄は、前田日明のプロレスラー(もしくは人間)のファンなのですか? それともリングスという団体のファンなのですか?」

 貴兄が【リングスファン】であるなら話は早いです。
 これからもリングスは素晴らしい試合と、そして凄い選手を我々に魅せてくれることでしょう。これまで「リングスのため」に闘ってきた選手個人が、今後は「自分のため」に闘うという違いがあるだけです。

 貴兄が【前田ファン】であるなら、これから茨の道を歩むことを覚悟するべきです。
 これまでも決して報われてきたとは言い難い「前田の選手への愛情」は、これからもっともっと報われにくくなってきます。もし「前田にずっとついていく」というのなら、そんな前田の悲しい姿を、貴兄はこれからも応援し続けなければならないんです。

 まぁ、ある意味でそれは非常に喜ばしいことだとも言えるんですけどね。
 だって、我々プロレス/格闘技ファンっていうのは、辛い思いを「溜め」てこそ、大きな喜びを味わうことができるわけですから。極論すれば、ファンなんてのはレスラーに裏切られてナンボです。雨が降るから地面も固まるんです。まぁヌカるんでドロドロになることもありますけど。

 いつか、前田の魅力が狂い咲く日も来るでしょう。そんときまでは茨の上だろうがなんだろうが、前田の選んだ道を一緒に歩めばいいと思います。やっぱり、リングスには潰れて欲しくないですよ。手前もリングスファンの端くれですし。だっていいタレントが揃ってるもん。和田レフェリーとか、古田リングアナとか、藤原審議員とか、あとは……えっと、まぁ、とにかくアレです。リングスには良い「場」になって欲しいです。

 そいではまた来週。





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