ピクミンの『も〜、こわい』 第6章:『プリオンとしての必殺技』之巻
■投稿日時:2001年11月10日
■書き手:ピクミン (ex:ピクミンドットネット

最近、プロレスラーがすぐ人の技をまねする。スポットもパクる。いいことか悪いことかはおいておいても、これはやっかいなことなのだ。過去においてはこんな事は許されなかった。今でもいいレスラーであればあるほど、簡単にはパクらない。
技をパクると言うことは、その技を含む攻防がstandard化すると言うことだ。どんどんみんなが使う技になると言うことだ。プロレスのフィニッシュというのは試合における到達点であるから、standard化された攻防ではfinishには成らない。

ある人が必殺技を作る→みんな真似る→インパクトが低下→フィニッシュ技として使えない→次の必殺技が必要。
ある技で試合を終われないと言うことは、さらにフィニッシュクラスの技の攻防が続くと言うことだ。これが行き着くところが、四天王プロレス、所謂必殺技の熱死だ

もともとフィニッシュクラスの技が、プロレスラーの中に拡散し、消化されていく。そのダメージはレスラーの体の中に沈殿していく。さらにフィニッシュクラスの技ですら、なかなか試合が決まらないという約束事自体がさらに多くの必殺技を消化させていく。同様な運命に引き込まれて、まねされてstandard化された次の必殺技はやはり、消化されて沈殿していくのだ。standard化された必殺技はそれ自身次の必殺技のstandard化を促す。

そうやってリサイクルされて共有化された必殺技の沈殿したプロレスは危険だ。プロレスラーの体に蓄積するダメージは年々ひどくなって行っている。必殺技c→必殺技sc
しかし、危険のないプロレスなどもはや能と同じだ。というか、様式美の点でプロレスは能に適うはずもないので、能の出来損ないになってしまう。危険なものは危険なものとしてあきらめるのではなく、危険であるが故に価値があると発想する必要があろう。

第4章で、狂牛病は呪いだと書いた。産業化によって、神への捧げものとしての特権的な死を奪われた牛の復讐だと。本来の病原体は失われ、新たな宿主で次々と新しい病原体が作られていく狂牛病は怪談累ガ淵がごとき因縁話でもある。

しかし、その話はもう書いたので、最後に『食べる』と言うことを考えよう。
食べると言うことが安全なことだと考えるのは間違っている。食べるというのは本来もっと一か八かなものだ
元来外界の異物を体内に取り込んでどうかすることが『食べる』ということだ。外界の異物を取り込む為には、『他の生物を捕食する行為自体の危険』『食物に由来した感染症にかかる危険』『毒物を食する危険』がある。

現代人には殆ど自覚はないが、本来捕食するという行為自体が殆どの動物にとって命がけの行為である。
大抵の動物にとって食べると言うことは相手の血肉(または果実)を生のまま体内に取り込むと言うことだ。捕食された生物に寄生していた病原体(細菌・真菌・ウィルス・寄生虫など)・体内の毒素は全て、生きたまま体内に取り込まれ、消化管で吸収される。これはかなり危険なことだから、消化管というのは最大の免疫器官である。外界由来の感染因子を殺したり、取り除くための体の仕組みは、消化管に於いて最大限に発達している。最大限に発生していると言うことは、消化管から来る感染症が最大限に危険だと言うことだ。

食べると言うことは本来、別の生き物を体内に取り込むと言うことだから、安全なんて事はあり得ないのだ。

そこで、前章の食べろ食べるな食べさせるなの続きに戻ろう。
牛肉を食べてもいい。おそらく危険はごく小さい。流石に、脳やテッチャンや扁桃は食べたくないが、PrPscが存在しない肉を食べる事に危険は殆ど感じない。しかし、政府の言うように、安全なわけでも全頭検査が絶対的なわけでもない。もし貴方が永遠に生きたいと思えば牛を食べない方が安全だが、100年程度しか生きない人であれば危険性は牛に踏み殺される危険よりずっと低い。
しかし、肉骨粉というリサイクル飼料は新たなプリオン病の蔓延を牛だけではなく、ブタにも鶏にも起こす可能性がある。そしてそれが起きたら、その病態を正確に予測することは出来ない。

牛からブタへの感染性は低い。そのことは確認されている。しかし、一匹でも感染が成立して発病した場合、出来たプリオンはブタのプリオンであるからブタへ感染性は高いだろう。ブタは牛より買われるサイクルが短い(1〜3年)ので、確かに最初の1個体がプリオン病になる率は低いが、一度成立すれば若い個体においても異常プリオンの蓄積が起こりえる。このことは最初はFore族の老人に初発したsCJDにすぎなかった病気が、共食いを繰り返すことで10歳以下の子供に好発するクールー病になったという事例から予想できる。またブタのプリオン病からのヒトへの感染性が牛からヒトほど低いという保証はなにもない。

プリオン病は基本的な病像が一致するが、細部は異なっている。sCJDでは異常プリオンの発現は中枢神経に限られるが、スクレーピーやBSE、nvCJDでは扁桃や回腸のリンパ装置の細胞にも発現する。スクレーピーにおいてはなんとPrPscは胎盤にも発現し、羊の産み落とした胎盤を介して、胎盤を食べた同族や別の動物に感染する。
肉骨粉を続けていけば第二の狂牛病は必ず成立するが、それがどんな病態を持つかは正確には予想できない。最悪のシナリオではヒトにおいて、リンパ球のような血液の細胞に発現するプリオン病が成立することや、扁桃に発現する量がBSEより多量なプリオン病が成立することだ。そうなると輸血やキス・フェラティオで感染することが予想されるので極めて危険だ。

それではそろそろまとめよう。
肉骨粉自身はあからさまに危険だ。流石に不必要な危険は拒否したい。リサイクルによる危険な循環は避けねば成るまい
しかし、牛肉は食べていい。政府の安全宣言にあったがごとく、あまり危険はない。しかし牛肉を食べるのは政府の頼りない安全宣言のためではなく、『食べる』と言う行為が元々危険なものだからだ。危険なことに安全宣言をしてもらう必要はない。

牛たちがその神聖な地位を失っていくにつれ、、我々は『食べる』と言う行為が元々持っていた危険を忘れていた。狂牛病・O157・芥子レンコンなどは『食べる』と言う行為の本来持っていた意味を思い出させてくれる事件だ。『食べる』と言う行為に付きそう危険性を忘れると言うことは、プロレスのバンプにつきまとう危険を忘れると言うことだ。バンプのないプロレスを見たくない者は、『危険のなく食べる』等という愚かな行為を夢見ては成らない。危険だからこそ美味しいのだ。危険がないのであればそれは『食べる』という行為ではない。







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