リングス・リトアニア大会観戦記
■団体:RINGS
■日時:2001年11月10日
■会場:リトアニア・スポーツパレス
■書き手:Pieyre (Special Thanks :R-Syndrome

 1991年、リングスが旗揚げしたこの年は、リトアニアという国家にとって大きなメルクマールとなった年だった。91年1月13日、バルト三国の独立を阻止せんとするソ連軍が首都ヴィリニュスに武力介入しTVタワーを占拠、抵抗した非武装の市民14名が殺された「血の日曜日」事件。これにより内外から激しい非難を浴びたゴルバチョフ政権は部隊の撤退を余儀なくされ、同年8月モスクワで起きたソ連保守派によるクーデター失敗の後、リトアニアは半世紀に渡るソ連の圧力から完全なる独立を勝ち取った。一連の独立運動のエピソードをほんの少しかじるだけでも、リトアニア人の愛国心の強さは胸に迫ってくるものがある。

 それから10年後の2001年8月、リングスネットワーク会議においてリングス・リトアニアが正式認可された。リトアニアでは過去にUWFインター、リングスがTV放送されており、リングス・リトアニアの母体である Lithuanian Bushido Federation の名称は、Uインターの番組名『Bushido』から来ているらしい。一体何故この国で「リングス」なのか。私はリトアニアの地で行なわれるというそれがどうしても見たくなり、思い立った3日後には成田にいた。出発前、搭乗ゲートで寝ぼけ眼をこすっていると、TVで「リトアニアの米大使館で炭疽菌」のニュース。一瞬ひるむ。「首都最大のホールで行なわれる格闘技イベントなんて、格好のテロ対象だろうな」と思いつつも、「アンスラックスなんかクソくらえ! ここまで来たら行ってやるぜ!」と、トランジット先(往路では一泊しなければならない)のフランクフルト行き飛行機に乗り込んだ。

 フランクフルトでパスポート審査のお兄さんに、「ヴィリニュスに行くの? すごく寒いよ。手袋持ってる?」と訊かれる。ヴィリニュスの小さな空港に降り立つと、心配した雪こそ降っていないものの、吹きつけてくる風はひどく冷たい。乗り方もよくわからないバスに乗って市街へ向かう。幸い金髪の優しいお姉さんが車掌で、「ここで降りてまっすぐ10分歩けば、大聖堂のある広場に着くわよ」と教えてくれた。言われたままに、右も左も分からない街をトボトボ歩く。しばらく歩いてふと目を上げると、おぉ、「BUSHIDO RINGS」の文字が書かれた横断幕が! 。

 緊張が解けて、思わず頬が緩んでしまう。 ホテルも見つかり荷物を置いて、まずは会場である Vilnius Palace of Concerts and Sports へ向かう。「チケット売り場」というのもリトアニア語でしか書いてなくて、しかも辿りついたら窓口が休憩時間。お、大会ポスター、見っけ。

 しばらくしてロシア人らしきオジサンが入ってきて、明日のRINGSのチケットを買い求めたので、それに便乗して60リタのチケット(前から8列目までの一番いい席・約1600円)を購入。ちなみに一番安い席は15リタ(約400円)からありました。4300人収容の文化施設で、チケットの通し番号が4160とあるから、けっこうギリギリ。ホント良かった、チケット取れて。しかも道を歩いてたら、明日の大会の選手写真が載ったオールカラーのリーフレットが落ちてる! これで予習ができるぞ。さっぱり読めないけど。でもここに載ってるだけで、リングス・リトアニア所属の選手が、リングス・ジャパンの倍いるよ・・・。 その夜、冷たい雨が降り出した旧街路を「夜明けの門」まで歩いた。門の中にある銀で飾られた聖母像は、奇跡を起こす力があると信じられている。そこで一心に跪き、祈りを捧げる人々。リトアニアは大変に敬虔なカトリックの国だ。教会に入れば、たとえ団体旅行客の小さな子供たちでも、誰もが必ず神に向かってひざまずき十字を切る。

 大会当日の朝、「今日も雨かなぁ」と思ってカーテンを開けると、なんと青空が広がっているではありませんか。この季節は雨ばかりと聞いていたので、なんだか嬉しくなって、朝早くから市内観光に出る。ナポレオンに「フランスへ持ち帰りたい」と言わしめた教会や、16世紀バロックの精緻を極めた教会など、美しい歴史建築が幾つもある。

 それから、ほんの十数年前まで使われていたKGBの独房の建物が、現在は博物館として公開されていた。ここで数千人のリトアニア人が捕らえられ拷問を受けた。死刑執行室に入ると、無数の弾丸痕でボコボコになった壁。ブチ抜かれた頭蓋骨のスライド。殺害された若きパルチザンたちの写真の数々。
 生々しい記録に打ちのめされたあと、ネリス川沿いに立つ今宵のリングス会場へと向かった。

 会場に入ると、はー、さすがに日本人の客は私一人か。やっぱり男性客が圧倒的に多いけれど、子供もけっこう観に来ている。迷彩服を着たリトアニア軍が、多分100人以上警備に当たっていた。ベルが鳴り、暗転。"Show must go on" と共に過去の映像がフラッシュバックで流れる。おー!すごい!カッコイイ! そして、全選手入場。伊藤君、大和魂Tシャツを着て現れる。

 最後に突然、滑川vsヴァラビーチェス戦のビデオがフルで流される。映像で観るのはこれが初めてでした。けっこう試合時間長かったんだなぁ。場内大盛り上り。滑川が3度目に立ち上がって足元がフラフラしているところで、少し笑いが起きる。くっそー、クヤシイ! そして、ヴァラビーチェス登場。あれ、普通の服着てる!?・・・ってことは、今日は試合をしないの???

 前田CEOは来ておらず、副社長のコグレユウジ氏(すいません、漢字が分からない)が挨拶。第一声、堂々の「Labas Vakaras!(コンバンハ!)」で、歓声浴びる。そのあと英語で「素晴らしい人材の揃ったリングス・リトアニアが、新たにネットワークに加わったことを大変嬉しく思います。今宵皆様方とご一緒に、激闘の数々をじっくり観たいと思います」とかおっしゃってたような。そしてヴォルク・ハンもスーツ姿で挨拶。ハンはリトアニアでもやっぱり大人気の英雄でした。勿論、リングス・リトアニア代表、ドナタス・シマネイティス氏からの挨拶もありました。

 さていよいよ試合かぁー!と思ったら、なんかロック歌手がグローヴはめて出てきて、歌ったりWWF的なやり取りがあったりのショウタイムがありました。うーん、日本の大会に比べて随分派手だなぁ。 


 やっと第1試合。試合順がリーフレットの順番とは全然違ったので、ちょっとアセる。リングス・リトアニア同士の対戦(ラミューナス・ガイコー Ramunas Gaiko[181cm 89kg 1979年生 キックボクサー]vs シギタス・ケクシュタス Sigitas Kekstas [177cm 90kg 1977年生] )。

 青いパンツがガイコー、黄色に黒ラインのパンツがケクシュタス。序盤ガイコーがスタンドで牽制かけるも、ケクシュタスがタックル仕掛けてガードからボディ・パンチ。ガイコーが下から三角狙うが、ブレイク(いや、エスケープだったのか? スミマセン、興行の途中までエスケープがあること忘れてました/苦笑)。今度はガイコーがマウント取るが、程なくスタンドへ。なんだか、レフェリーがブレイクをかけるタイミングが全体にかなり早い。後半ケクシュタスがフロントチョークやらパンチやらで追い上げる。
 5分2R終了。どこでケクシュタスがロスト・ポイントしたのか、よく分からなかったけど、ポイント差でガイコーの勝ち。終盤のケクシュタスのラッシュが凄かったせいか、勝敗に場内ブーイング。


 第2試合は、事前のマッチアップでは発表の無かった試合。リーフレットにも写真がありませんでした。でも日本で来年行なわれる75kg級チャンピオンシップへの出場決定戦だったんですね〜で

 赤コーナーにいる青パンが ミンダウガス・ラウリネイティス Mindaugas Laurinaitis 、青コーナーの黒に赤ラインのパンツでニーパッドをしてる方が ミンダウガス・スミルノヴァス Mindaugas Smirnovas です。

 ちなみにラウンドガールは一人でしたが、白いフサフサのセクシーコスチュームで、とっても華やかでした。
 1R、スミルノヴァスがテイクダウン取って、あっさりマウント。さらに右フックでラウリネイティスが吹っ飛び出血してドクターチェックを受ける。
 2R、スミルノヴァスがマウントからの顔面パンチでイエローもらう。ラウリネイティスもアキレスなど仕掛けていくけど、スミルノヴァスのグラウンド技術の方が上。
 2R終了ポイント差で、スミルノヴァス勝利。横井と対戦したK.スミルノヴァスとは、兄弟? 


 第3試合は、リトアニア−ロシア対決( タデウシュ・ホルジンスキ Tadeush Holdinski [183cm 86kg 1977年生 リングス・リトアニア] vs アルセン・バイラムベコフ Arsen Bayrambekov [178cm 90kg 1978年生 リングス・ロシア] )。

 二人共キックボクシング出身のようです。手前の赤パンがバイラムベコフ(いかにもロシア人な体型)。
 1R序盤は、ホルジンスキがスリーパー、バイラムベコフがスタンドのアキレスと、サブミッションの応酬。スタンドに戻り、ホルジンスキの膝とパンチのコンビネーションで、バイラムベコフがダウン。
 2Rではホルジンスキが、ギロチン、腕十字と寝技で攻め込んでいく。ホルジンスキ、ポイント差で勝利。


 第4試合、いよいよ伊藤君の登場です! 噂のカザチューナス。少年のようなあどけなさを残した、スター性ある顔してますね〜。出てきた時は坊主頭だったので、ちょっとイメージ違いましたが。伊藤君、今回は黒の無地のパンツでした。
1R開始早々、伊藤君飛び膝! これでカザチューナス、ちょっと警戒気味に。さらに伊藤君、ガブって、ボディパンチも落としていく。おーっ!いいよー、その調子、頑張れ! 、白のTシャツがセコンドの横井です。そのあとの片足タックルはつぶされたものの、1R終了時には「いや、これもしかしたら勝てるかも?」って思っちゃいました。

 2Rでも伊藤君がタックル決めてガードポジションに。ただ、如何せんブレイクが早い。スタンドでローの打ち合いになり、この辺りからもう耳を覆わんばかりの「Lietuvos! Lietuvos!」大リトアニア・コールが響き続ける。伊藤君は低いタックルに何度も行こうとするけど、カザチューナスは一切グラウンドに付き合わず、スタンドのまま後方に下がるので、タックルに入れない。カザチューナスの右クロスをくらって倒れ、鋭いローももらってしまう。それでも伊藤君、果敢に左ハイキック。ここで突然伊藤君にイエローカード。なんで?なんで? 後で聞いたら「消極的ファイト」のイエローだったらしい。えー、そんなの絶対おかしいよぉッ! 2R終了。

 うなだれる伊藤君。リングを降りた伊藤君は足を引きずりながら、控え室に静かに戻って行ったのでした。よくやった。大健闘だったよ(涙)。


 ここで休憩。パコージンと談笑中のハン様に
「ずどらーすとびちぇっ」とアタックすると、
「オー、コンニチワーッ!オゲンキデスカーッ!」
・・めちゃくちゃ元気だー、
やっぱりハンはおっきいな〜


 休憩開けの第5試合のみ、3分5Rのムエタイ・マッチ(ロミュアルダス・クリマヴィーチェス Romualdas Klimavicius [177cm 67kg 1977年生 スポーツクラブ「タイタン」所属] vs デニサス・アキレイヴァス Denisas Archirejevas [178cm 67kg 1982年生 スポーツクラブ「スコーピオン」所属] )。

 街中を「Muay Thai」と大書されたバスが走っていたので、かなり浸透してるんだなぁ、競技人口も多いのかな、と思いました。試合は5R、アキレイヴァスのワンツーがきれいに入ってたのが印象に残ってる。アキレイヴァスの判定勝利・・って、既報の試合結果と違いますね。確か黒パンツがアキレイヴァスで、緑タイツがクリマヴィーチェスだったと思うんだけどなぁ??


 第6試合、リトアニアvsウクライナ対決の第一戦( イゴール・コヴァリョフ Igor Kovaliov [185cm 93kg 1976年生 サンボ] vs ロカス・スタンブラウスカス Rokas Stumbrauskas [185cm 94kg 1974年生 リングス・リトアニア] )。

 赤コーナーの青いパンツがコヴァリョフ、青コーナーのピンクのパンツがスタンブラウスカス。
 1R、コヴァリョフのローがいい。が、スタンブラウスカスの左フックで、コヴァリョフがスタンディングのダウンを取られる。さらにスタン ブラウスカスがマウントから十字の体勢に行くも、コヴァリョフが返して逆に腕十字を仕掛け、ロープエスケープを奪う。
 2R、右のパンチでコヴァリョフがダウン、さらにスタンブラウスカスの膝が頭部にヒットしてKO。リトアニア人の劇的勝利に、場内大大歓声。


 第7試合は日本でもお馴染みのラバザノフが登場。対戦相手のミンダウガス・クリカウスカス Mindaugas Kulikauskas 。リングス・リトアニア所属のボクサー。

 1R、ラバザノフがタックルを決めてアキレス、ハーフガードからボディパンチ、さらにテイクダウンして、腕十字でエスケープを奪う。
 2Rでもラバザノフが低いタックルをきめていく。グラウンド技術で圧倒したラバザノフの勝利。



 第8試合、赤コーナーに入場してきたのは、うわー、ホントにボブさんだー!間違いなくボブさんだー!

 でも、青コーナーに入ってきたのは、あれ、う、やっぱりヴァラヴィーチェスじゃない・・・。
 でもすごくデカくて、顔がアリクイっぽくて、ビジュアル的なインパンクトは十二分。今日最初に流れた映像にも出てきてたなー、この人。
 リカルダス・ロチェヴィーチェス Ricardas Rocevicius 、元世界サンボ王者で、ハンとコピィロフに勝ったこともあるそうです。
 スタンドではボブさんがだいぶ小さく見える。

 日本では直前に「ボブの試合はエキシビション・マッチ」という噂が 立ってたようですが、ご覧の通り、全くそんなことはありませんでした。2R開始直後のボブさんのローで大男が立てなくなり、試合終了。審議員席にいるヴォルク・ハンにボブチャンチンが握手を求める!! なんてステキな光景!


 客席がみんな立ち上がろうとする・・・って、まだメインがあるんだってばっ! んもう。
 赤コーナーからいつものボブ・マーリィで横井入場。
 横井、メインでも全然平常心、落ち着いてるなぁ。
 1R、すぐに横井がタックル決めて横四方の体勢になり、一人パチパチと拍手してたら、隣のおじさんも一緒に拍手してくれました。腕取りに行くけど、やっぱりグラウンドは長くできずブレイクされる。
 軽くパンチもらっても(でも必要以上に客が歓声を上げる)、即片足タックルに入って倒していく。腕十字でエスケープ奪取!、マウント取ってボディパンチと試合を一方的に握って行く横井。当然大ヒールとなるけど、隣の隣に座ってたちっちゃな男の子は、「Japonija!」と叫んでました。終盤アームロック極めかけてる時にブレイクされた時は、観てる方がブチ切れそうになったけど、まあ、相手のホームカントリーですからねぇ。こればっかりは・・何処でもあることなんでしょう・・。

 2R終了、文句無しの完勝!

 でもコールは「ヒロユーキ・ヨコーイー!」でした(笑)。リングを降りた横井にサインを求めて群がる大勢の観客たち。セコンドの伊藤君も笑顔でサイン。
 赤パン、赤のニーパッド、そして肩には大きく「UWF」と入った真っ赤なタオル。途方もなく力強い、新・赤いパンツの頑固者がそこにいました。








 翌朝、前日の晴天とは打って変わって雪が舞うヴィリニュスの街をあとにしたのでした。

 お詫び:人名の片仮名表記は、かなり適当です。それから、選手名が覚えられない上にかなり記憶が飛んでしまっていて、試合内容が不正確な箇所があると思いますが、どうぞご了承ください。また安物カメラでしかも試合中はフラッシュを焚かないようにしてたので、試合写真がちゃんと撮れてなくて申し訳ないです。また試合結果等については、サイト「Rising Flame」の速報を参照させていただきました。

(2001年11月14日記す)




本稿の著作権はすべてKANSENKI.NET及び「書き手」に帰属します。

戻る
TOPへ