猪木イズム最後の聖戦へ!
■団体:真撃
■日時:2001年8月30日
■会場:日本武道館
■書き手:青エス (ex:プロレス寅さん 垂直落下式!

いつもたくさんの人だかりが出来ている武道館周辺。今日は、人が少ない。
九段下の駅に着いたのが、ちょうど開始の時間だった。全日本の三冠戦で何度と無く武道館へ来たことがある俺としては、人ごみで溢れていない駅構内は珍しい光景で、少し不安な気持ちにもなった。
思えば前に武道館へ来たのも、橋本絡みだった。三沢と小川が初めてリングで対峙した、ZERO−ONE第二戦である。
あの時も大会直前までカードが決まらず、ファンはドキマギさせられたものだ。これも橋本流の演出なのかなどと考えながら、俺は武道館の門を潜った。
当日券売り場近くで、ゴングの金沢編集長とすれ違う。赤と白のチェックのシャツがとっても似合っていた(嘘)。
俺は一番安い3000円のチケットを購入。3000円で大好きなプロレスと同じ場所で同じ時間を共有できる幸せ・・「お泊りですか?休憩ですか?」・・いやそれは違う!ちょっと脱線した(笑)。

会場入りと同時に大会がスタート。全選手入場。橋本が障子を突き破り、刀を振り回して登場!小川や三沢には、到底マネの出来ない芸当である。本人は至って二枚目のつもりだが、刀を振り回しても三枚目に見える橋本・・やはり小川戦ショックから、橋本が得たものは大きかったと改めて確信した。
そして橋本は気負うことなく、しかし力強く「そこに真実がある限り、闘い続けます!」と宣言。試合が始まる。

▼第一試合
×星川尚浩( KO 5分50秒) ショーン・マッコリー○

星川はマッコリーを場外へ落とすと、すかさずトペで飛ぶ。明らかにプロレスをやるつもりで、マッコリーも鉄柱攻撃で応戦する。
正直記憶に残っているのは、このシーンだけで、後はマッコリーの“嫌味な笑み”だけが、やたらと目立つ闘いだった。

▼第二試合
○佐藤耕平(カカト固め 5分59秒)イゴール・メインダード×

とにかく体格差があり過ぎたこの闘い。佐藤は素質は良いのだが、プロレスラーとして生きて行くには、まだまだ線が細すぎる。見た目で特徴があるキャラでもなく、故にメインダートのようなごつい選手から金星を取って、それほどインパクトに残らない。
ここをどう克服していくかに、佐藤の将来が懸かっていると思われる。

▼第三試合
○KEI 山宮 (判定 )佐藤光留×

正直一番上の席からでは、その攻防の展開が見え難く、何だかよく分からないうちに終わっていたと言う感じの試合。
やけにセコンドが指示を出す声が場内に響き渡り、良く聴くと、飼い主が番犬に「おて!」「おかわり!」と言っているようにも聞こえた(笑)。

▼第四試合
×田中将斗( KO 4分55秒)ジェラルド・ゴルドー○

はっきり言って面白かった。ゴルドーはそこに立っているだけで、存在感十分であり、まさに外人レスラーの鏡である。
田中はゴルドーとグランドで揉み合いになり、エスケープするたび、目を気にする素振りを見せると言う、憎い演出も忘れない。
もう少し田中が思い切ってゴルドーの懐へ飛び込めば、もっとスイングした闘いになったと思われるが、さすがにゴルドーをおちょくったりする度胸は田中も持ち合わせていなかったようだ。

▼第五試合
○安生洋二 (KO11分03秒) 高岩竜一×

安生レベルになると、もう何も言わずに安心して見ていられる。
どんな相手であろうとキャリーできる、あの懐の広さと技量の細かさは、まさに藤原に次ぐ“職人”である。
高岩もプロレスの奥深さを知るには、よい経験になったと思う。NOAH参戦に、安生戦。高岩、飛躍のチャンスだ。

▼第六試合
○トム・ハワード( KO 5分55秒) リー・ヤングガン×

ハワードの危なっかしい強さと、そのイデタチの如何わしさは、まさにプロレス向きである。
ヤングガンの胴着(下)の中途半端なズレ具合や、あんまりテクニックも無いのに、妙に打たれ強いところも、プロレス向きである。
この二人には「真撃」に限らず、ZERO−ONEのリングに上がり続けてほしい。

▼第七試合
×大仁田厚 (反則 7分22秒) 大谷晋二郎○

選手名コール中に大谷に奇襲攻撃を加える大仁田。試合は所謂「大仁田ワールド」そのものだった。「邪道大仁田厚」の幟も立つなど、相変わらずの人気である。
よくよく考えると、大谷の気持ちが新日本から離れるきっかけになったのが、「長州×大仁田」戦だったことを考えると、何だか味わい深い闘いに見えてくるから不思議だ。
世界は「プロレス」によって、何処までも繋がっているのだ。

▼第八試合
○橋本真也&藤原喜明( 腕ひしぎ逆十字固め 11分43秒) マーク・ケアー&ザ・プレデター×

注目のメインイベント。大男はリングインするなり「ノットベイダー、アイアムプレデター!」と咆哮。ビッグバン・ジョーンズに見えたのは俺だけ?
PRIDEのリングでは、あれだけ大きく強そうに見えるケアーが、とても小さく見えてしまうから、プロレスのリングは不思議である。線が細いと言うことだ。
ケアーはコールマンと違い、どう見ても顔が優しくナイスガイなので、次回橋本とシングル戦の後は、正規軍の一人として、ハワードらと対峙するのも面白いかも知れないと思った。

試合が終わり、ケアーらとの乱闘も一段落したところで、橋本がマイクを握り直した。
橋本はリングサイドでPPVの解説を担当していた鈴木みのるの方を見つめ、「鈴木、来いよ、来てくれ鈴木!」と呼び寄せる。それに鈴木も応え、エプロンに駆け上がる。橋本は「鈴木、何時かこのリングで闘おう!今日はありがとう!」とアピール。
橋本が差し出した手を、何も言わずに橋本の目をじっと見詰めながら、しばらく握り返していた鈴木みのる。その後、橋本の脇から手を出した藤原の手も握り返した。思わぬ師弟の遭遇に場内が沸いた。

俺はこの光景を目の当たりにして、ひとつのことに気が付いた。謎が解けたのだ。
今、巷では新日本においても、PRIDEにおいても、K−1においても、「猪木軍」なるグループが話題の中心となっている。しかしそうは言うものの、では一体「猪木軍」って何なんだろう?
小川は猪木軍なのか?藤田は猪木軍なのか?答えはNOである。何故なら彼らはとても猪木イズムを実践しているとは思えないし、何より「猪木」を背負っていない。「猪木」と言うブランドを利用しているだけなのだ。
俺が夢中になった「昭和の新日本」は、何故あんなにも面白かったのか?その答えは簡単だ。リングに上がる誰もが「猪木」になりたかったのだ。
そして「猪木」になるため、猪木自身と向き合い、互いのジェラシーを闘いにおいて、ぶつけ合っていたからなのだ。
藤波も藤原も長州も佐山も前田も高田も、みんなそうだったのだ。
今橋本は猪木と決別することによって、初めて小川や藤田と同じ位置に立って、「猪木」と向き合うチャンスを得たと考えられないだろうか。
「猪木軍」、それは今も昔も決して仲良しこよしの集まりではないはずだ。もしかすると、そういう空気に対して誰よりも敏感な猪木が、それを察知し、今回の仕掛けを試みたのではないだろうか。
「猪木イズム」を背負える人間は、たったひとりだけなのだ。そして今夜、橋本と鈴木が決起した。第二次猪木イズム大戦の幕開けである。

橋本真也へ、時は来た!君よ苦しめ、そして闘え、猪木イズムの名のもとに!




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