特別な大会
■団体:講道館・全日本柔道連盟
■日時:2001年4月29日
■会場:日本武道館
■書き手:ノリリン(名前をクリックするとプロフィールの欄に飛びます)

天皇杯柔道は無差別級で行われ、柔道日本一を決める大会である。無差別で行われる点・試合時間6分で行われる点・講道館柔道規則で行われる点(教育的指導まではポイントにならない。効果を取らない。待てが遅い。教育的指導が入るのが遅い)がオリンピック柔道と異なる。
日本一を決める大会であるから、毎年大事な大会なんだろうが、何年かに一度特別な大会となることがある。例えば、『世界一は二つあるが日本一は一つしかない』といわれた山下・斉藤時代、ロスオリンピックで山下・斉藤がともに金メダルを取った翌年で両者最後の闘いとなった85年。引退が噂された斉藤が遂に天皇杯を手にしてソウルへの道を開いた88年。古賀が小川に挑んだ年なども話題になった。

今年の天皇杯も特別な大会となりうる。奇妙な判定で銀メダルに終わったとはいえ実力世界一と目される篠原と圧倒的な強さで100キロ級の金メダルを手にした井上。井上の方が1階級は下とはいえ、既に天皇杯決勝に2回進出している井上は事実上のNo.2だ。若い井上が目標を失った篠原を倒し、日本の頂点に立つのにふさわしい時期だ。しかし逆にいうと金メダルを取った翌年の今年しか、エース交代の気運は盛り上がるまい。東京に住んでいればたぶん見に行っていただろうが、地方の身にはNHKで見るしか手はない。なぜBSで一回戦から放送しないのか見当もつかない。こんなところもNHKの受信料を払いたくない理由だ。

放送は準々決勝から。
準々決勝第一試合 村元vs矢嵜
この試合の終わりから放送が始まる。旗判定3−0で村元。見てないので流石に中身はわからない。

準々決勝第2試合 井上康生vs下出善紀
下出の方が30キロ以上重く10cmくらい背が高い。両者が4つに組む。体重が軽いにもかかわらず、きちっと組んだ井上は全く崩れないから、下出に充分な技を出させない。しかし井上の方が積極的に技を出しても流石に体重差が大きいのか、下出がぐらつくことすらない。下出も一般に有名ではないが、去年の準決勝進出者である。
下出はほとんど技がなかったが、下出の出した最初の技・内股はすかされ、1分35秒浮き落としで一本。下出の技が苦し紛れであったかどうかは儂にはわからない。しかし、30キロ以上重い相手の内股を斜め後方へ飛んですかしながら、空中で相手を捻って投げた井上の技は見事であった。内股すかしでもいいと思うが、決まり手は浮き落としとされた。

準々決勝第3試合 滝本vs小嶋
滝本はいわずとしれた81キロ級金メダリスト。旗判定でここまで上がってきた。対する小嶋は一本勝ちの連続で上がってきた。体重は小嶋が20キロ重い。当然疲労は滝本に重い。
開始45秒で小嶋が鋭い出足払いで有効を取る。内股をフェイントにしたようだ。滝本はこのときかなり頭を打ったようでなんだか、動きがおかしくなる。その後積極的に攻めたのだが、最後の2分は明らかに動きが落ちる。対して積極的な滝本に攻められ続けた小嶋も動きが悪くなる。残り30秒で小嶋に教育的指導が入り、さらに滝本に期待が高まるが、最後は小嶋の後ろで腰にのってしまい、強引な大腰気味の内股で一本を取られる。

準々決勝第4試合 篠原vs棟田
棟田170cm123キロ、篠原195cm位、130キロくらい。
篠原の得意技は圧力。圧倒的な体格体力で充分な組み手を取り、対手に圧迫を与えて攻め手を取らせない。斉藤もこういうタイプだった。棟田は99年に決勝進出を果たしている強豪だが、体格差を埋める手だてがないようだ。開始早々に場外へ押し出されて、場外注意、中盤に圧力に耐えるために片襟を長く持ちすぎて片襟注意をくらい、敗退。まだ20歳だが、世界の100キロ超級との身長差を埋める芸を持たないと、この先100キロ超級で世界に出ていくのは難しそうだ。100キロ以下へダイエットするのももっと難しそうだが。
気になったのはこの試合で篠原が自分から出した技がほとんどないこと。もともと積極的に技を出していくタイプではないが・・・

準決勝第一試合
井上vs村元
村元も以前決勝まで進出している強豪だ。180cm130キロ。篠原より背が低い。そのために旭化成で篠原の陰に隠れてきた。井上が確実に勝てるような相手ではない。確か負けたこともあるような。
組み手で村元がやや有利なように見えた。序盤は井上は腰を引き気味で体斜めに構えて引きつけをこらえる。徐々に、中盤から正対していいところを持てるようになった井上が攻めに廻る。攻めに廻るといっても実際に効果のあるような技はほとんどないのだが、組んだ状態で村元にうかつに動けない恐怖を与えているのかもしれない。村元も組み手争いから引きつけまでは強力なのだが、その後なにも技を出せない。その周りでくるくると井上の見せ技が踊る。しかし、30キロも重い相手の周りで技を出すだけでもかなり危険なのだ。崩れてない相手に技を出して帰るときは、自らの体勢だけが崩れているからもっとも危険だ。その危険を6分間続け、村元に返し技を出させなかったのは井上の威圧感だったのだろう。なにも技の出せなかった村元が指導をもらって敗退。

準決勝第二試合
篠原vs小嶋
篠原の戦略は同じ。上から奥襟を抱え込んで行く。決して自分から積極的に攻め込んでは行かない。小嶋は何とかして篠原の圧力をかわして、偶然の技でもいいから転かしたいところだ。1分過ぎにケンカ四つから手四つになり両者に指導が入る。ここまでは小嶋の戦略通りだろう。しかし、30秒も経たないうちに小嶋だけ片襟注意となって指導を取られてしまう。そんなに厳しくしなくてもとはおもうが、判定というのはbig nameの方が有利なのだ。これで結局動かねばらななくなった小嶋が足技を出したところを、篠原はぐいっと引きつけて相手の体を死に体にして、見事な出足払い、一本。しかし篠原は2回戦を除いて、後の先ばかりだ。ここら辺に圧倒的な力がありながら国際舞台でしばしばひっくり返される秘密がありそうだ。

決勝 篠原vs井上
なんと天皇杯の決勝ではライトが落ちる。まず井上にスポットが当たり、リングアナから選手紹介が入る。『赤井上康生選手。22歳にして6回目の出場、3回目の決勝進出。今年こそは挑戦者の気持ちで優勝を目指します』次に、篠原にスポットが当たり、『白、篠原選手。全日本選手権7回目の出場。10年度より3連覇中です。目指すのはあくまで優勝。4連覇を目指し全力を尽くします』
地味目ではあるが、暗転して選手にスポットを当ててリングアナがあおりを入れるなんて時代は変わったものだ。次からはテーマ曲もかけて欲しい。この演出にGOが出るまで日本柔道連盟の中でどんな暗闘があったか実に興味深い。柔道着に色が付くよりもっと画期的だ。この間篠原選手は下を向いて所在なげに足払いの打ち込みの格好をする。これを見て篠原気合いが入ってないと思った人もいるだろうが、篠原はいつもこんな感じの選手だからしょうがない。
試合は井上が村元戦と同じ戦略で組む。篠原相手に組み手で崩されずに自分の姿勢をとれれば、半分は勝ったも同然だ。しかし、それは難しい。何せあいては身長で15cm体重で30キロ違う。しかも、篠原は単に大きいだけではなく、世界選手権の無差別級でも組み手で圧倒して圧力をかけるという戦略で勝ちを収めてきた選手だ。90秒で両者に教育的指導。このころから篠原が奥襟をとれずに井上が自然本体で構えられるようになる。
篠原は左手を痛めたのだろうか?篠原の圧力から脱した井上が中盤のペースを握る。篠原はおすことは出来るが、有効な技は出ない。両者に指導が入る。4分半で井上が大外から背負いに入り篠原がぐらつく。篠原全く生彩がないが、やる気がないわけではない。時々すごい怖い顔を見せる。しかし、井上は終盤にかけて全く篠原に充分な体勢を取らせない。やはり、篠原は左腕を痛めたとしか思えない。井上は村元戦のような見せ技ではなく、返しを取られないような思い切った技をかけていく。小嶋が中途半端な足技で墓穴を掘ったのを見ているからだろう。そしてそのまま逃げ切り、旗判定。赤3本。井上の判定勝ち。
笑顔と涙の初優勝でした。

さて井上の優勝は素晴らしいものだったが、この大会は特別な大会になるだろうか? 山下vs斉藤、(直接対戦しなかったとはいえ)斉藤vs小川のように勝った方が世界の頂点というわけには行かない。特別な大会になるかどうかは勝った後の井上の活躍次第だ。軽重量級は日本のもっとも弱い階級だから、井上が別の階級に移るとは思えない。100キロ超級で活躍するには、2m弱の身長と130〜40キロの体重を要する。日本のエースは100キロ級でもいいのかもしれない。確かに一番目立つのは無差別級だが、井上が充分強くて劇的であればその階級の差は埋められるだろう。




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