2・3大仁田興行後楽園ホール大会
■団体:大仁田興行
■日時:2000年2月3日
■会場:後楽園ホール
■書き手:タカハシ(名前をクリックするとプロフィールの欄に飛びます)

本来この日の興行の観戦は全く予定していなかったのだが、突然来日したウィーンの
弱小団体IWWのマッチメーカー兼ブッカー兼悪のマネージャーの友人にプレスパスの
申請を依頼されたので、ついでに相乗りさせてもらいタダ観戦させてもらう事にした。

彼の本職は経済誌の記者らしいがタイ人の奥さんの里帰りの合間に急遽3日だけ日本に
ひとり滞在する事にしたので、ついでに取材もという感じだ。
来日前にウィーンから取材申請書(インタビュー願い含む)を公式のシートを使って
ファックスしてもらい、それを訳してダイプロデュースまでファックスして、その後
電話で交渉し了承を得た。結構手間取った割りには当日の入場の際はただ名前を書く
だけでスカっと入れたので、正直拍子抜けしてしまったぐらいだ。

ちなみにIWWがどれくらい弱小かというと、あまり選手が集まらない興行時に
試合数を増やすためだけに1試合目にバトルロイヤルを持ってきて、人が足りないのを
バイトの大学生にマスクを被らせ「謎の日本人覆面レスラー、タイガー高橋」として
出場させるといった具合。
ただし素人の上リングアナの仕事もさせなくてはいけないので、試合早々に退場させる
ブックとし、控え室に戻ってから着替え直して再登場させ「大学の授業で遅れました。
スイマセン」とあいさつさせてその場をしのぐというレベルだ。

まず会場入り後すぐ申請時に対応してくれた山田リングアナに挨拶と試合後のインタ
ビューの約束の確認。その後西側のシートで2人リング上を見る。
リングの上ではDDTの選手たちがこの日の試合の組み立ての打ち合わせをしていた。
初めて見るケーフェイの現場ではあるが、何しろ誰が誰だか全くわからない。
が、その時見た倒れ込む頭突きを足の裏で切り返したりとか、頭突きの応酬などのムー
ブが実際の試合でも見られた時はちょっぴり嬉しかった。

その後友人は鶴見とヨーロッパ遠征時の話で会話。仕事は一緒にした事はないがやは、通の知人は多いようで、楽しそうに話込んでいた。
目につくレスラー一通りに挨拶し、名刺を渡したが何故か奥村だけは話したそうに周り
をウロウロし続けていた。鶴見も話ながら何故か自分を気にしている様子だった。
後から聞いた話では業界人同士の挨拶だか符号だかがあるらしく、大仁田も鶴見も
そのサインに応えてくれた(認識した)そうだ。
が、いかにも素人然とした自分が同席した事により、少しカタい話になったようだ。
ちなみにその符号に関しては、
「君がそれを使っても明らかに業界外の人だから、却って立場が悪くなるよ」
との理由で教えてはくれなかった。まぁどう考えても使い道などないが。

試合前にロッカールーム前の通路へ。勿論初めて足を踏み入れるワケだがプレスパスが
あるとはいえどこまで入っていいものか全くわからないので、ウロウロするしかなかっ
た。すると奥村が話かけてくれ、ついでに元週プロの鶴田記者を呼んできてくれる。
英語が話せる人を、との配慮かと思うが奥村の方が英語はウマく、鶴田記者の方が背は
高かったのはおかしかった。
奥村はIWWへの参戦を希望して自分に対して盛んに売り込んできた。
O「自分の事は知ってますよね?」
T「知ってます。知ってます。ハードワーカーだって事も知ってます(ホントは
  知らないけど)。でもこの団体のプロモーターは動けなくてもとにかくデカイ人
  が好きらしいんですよ。それにお金も観光のついでくらいのつもりじゃないと
  話にならないですよ。」
O「(アゴアシ含め)最悪マイナスにならなければいいですよ。」
・・・あれから半年以上経つが全く何もしていないなぁ。

友人は鶴田記者に自分が演じているオースチン・マクマホンアングルのアレンジについ
て説明していたが、さすがに辟易してきたのか鶴田記者も、「もう勘弁して」と言って
きたので「取材があるそうだから」と開放してあげる。
その後デカい音がして大仁田の怒鳴り声が聞こえる。
ターザン山本が番組の企画として乗り込んできたようだが、あっという間に追い出され
る。何事かと山田リングアナが控え室に向かうとサンボ浅子が、
「とりあえず1発殴られてきなよ。こっちもどんなアングルか聞かされてないんだから
さぁ。」
しばらく後大仁田自ら「リング上でも言うけど・・・」と念押ししつつ新日の両国大会
への乱入をアナウンス。今から考えるとセリフの暗唱や練り直しのようにも思える。
その後北野チャンネルのスタッフからターザン山本の大仁田への挑発行為をTVでやる
のでそれを紙面で取り上げて欲しい旨のチラシが配られる。
試合後にターザンがリングに上がって云々等あったが「テンパってる観客にボコられ
なきゃいいけど」くらいしか思わなかった。

試合が始まったので会場内に戻る。
第1試合は6人タッグだが、よくこの体を人前にさらせるなぁと感心させられる、素人
以前の体格で本気で大仁田のご学友かと一瞬思う・・・が空手着を脱ぎタトゥーを
見せるのを最大の見せ場とする選手がいるので流石に高校生ではないようだ。
第2試合はニセ大仁田の登場。ニセモノへの罵詈雑言を極めるヤジに期待したのに、
全く温かった。スコラにそんな事が書かれていたような気がしたんけど・・・。
第3試合はタッグマッチでポーゴが同士討ちをキッカケに試合放棄のカタチで控え室に
戻ってしまい、一人残されたタニグチがフォール負け。結構粘ったので途中ポーゴが戻
ってくる例のヤツかと思ったらホントにそこでお役ゴメンだった。
第4試合はリングの魂の企画で白鳥を襲う男を演じ、千春を孕ませ引退させた事だけが
有名な野沢がスペル・カカオとして素顔で試合をしていた。試合は特筆する事ナシ。
第5試合がDDT提供6人タッグマッチで高木三四郎は「プッチカリ」の名にふさわし
いカリスマ性をほんのチョコっとなんだけど見せていた。
第6試合前には有刺鉄線リング設営のため休憩。再びロッカールームに戻り時間潰し。
大仁田が親しいマスコミ3人くらいに
「オレと新日本とどっちが好きなんじゃぁ!」
と激しく?詰め寄っていた。勿論周囲の人間は笑っている。多分そうする事によって
リラックスしようとしているのだろう。入場の直前にトイレに一瞬入り、出てきた時
には顔つきが全然違っていたのを見て陳腐ではあるが、プロだなぁと感心した。

大仁田に続くように自分たちも場内へ。想像以上に興奮状態の観客の中、預かった
フィルムの入ったバッグを抱えて怒鳴るように自分の居場所を友人に伝える。
ターザンがリング上にポーゴと並び立っている。大仁田は勿論菊沢もターザンに喰らわ
せていたがもっとボコボコにすれば面白かったものの、あいにくそうもいかずそのまま
試合開始。
最後は菊沢が負けタイトル移動だが、大仁田は再びリングに上がったターザンに1発喰
らわせそのままリング上で大演説。長州のTシャツを投げリング周囲を水浸しにする。
リング上では高木三四郎が「オレ様には関係ねえなぁ」ってな顔していたが、大仁田が
リングから落ちそうになると慌てて支えていた。
ふと見ると記者席のあたりで友人が撮影しているので、「リングに上がればいいのに」
と尋ねたところ、「もう無理だよ」と苦笑いしていた。

落ち着いたトコロで荷物を抱え控え室へ向かう。すでに「大仁田劇場」が始まっていて
とても姿の見られる所までは行き着けない。一段落したところでドーム前からファンの
「オイ!オイ!」の声が。マスコミの人たちも終わり終わりと引き上げ始める人とバル
コニーまで追いかける人に別れる。
大仁田が外に向かってアジり始めるが、面白かったのはテープを大仁田に向けていた
記者が、大仁田が「どういうワケか大学に受かってしまったぁ!」と叫ぶとノートに大
学受かる、と書き込んだりしていた事。しばらく外を見ていたら舞台は再び控え室前に
移っていて、大仁田が英語で馬場さんの思い出を語っていた。
隣には当然友人がいたがTV他は回り続けている。
「大仁田劇場ゲスト出演かよ・・・。」と思いつつも、これでインタビューの約束は
果たしたって言われても困るなぁ、とそればかり考えていた。

TVインタビュー終了後改めて申し込むと快く受けてくれ自分も控え室へ。入場前から
「オレが同席したら、多分ファンタジー話しかしないよ」とは断っておいたが外に
置いておくのも悪いと思ったのか、「構わないから一緒にいてくれ」と言われる。
2ショットの写真撮影をした後はただ控え室の隅に座り、2人の話に聞き入っていた。
残念ながら予想通り雑誌に書いてある通りの事しか話さず、それについてはインタ
ビュー後かなり悔しがっていた。
とにかく海外での電流爆破開催について真剣に考えているらしく、彼に助力を頼んで
いた。ファイトマネーはいいからとにかくパブリシティーの方を頼む、ニ言っていた。
昔彼の団体で有刺鉄線マッチをやったところ、客が次々と退席し、返金は求められるは
役所からは次にやったらライセンス剥奪と言われるは散々だった事を聞いていたので、
こりゃ無理だろと思っていたが友人は随分と乗り気になっているので驚いた。
もっとも彼の本の発行部数が5〜8千部と聞いて大仁田は露骨にガッカリしていたが。

最後に「IWW見るならOKチャンネル!」という番組スポットのビデオ撮りを依頼
すると、こちらも「先に言えよ」と言いつつ快くOK。
着替えを完了させてから控え室を出て撮影。頼んでもいないのに爆破マッチの宣伝を
し続け一息ついたトコロで消灯。オチがついてこの日の予定は無事終了した。

とにもかくにもこれだけ貴重な経験をさせてくれた友人と、快く取材を許可してくれた
大仁田及びダイ・プロデュースには心から感謝したい。




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