橋本真也・追悼文
■投稿日時:2005年7月13日
■書き手:タカハシ ex:タカーシ日記2004『指先から散弾銃』

橋本の死を聞かされた時は「自殺か?」とまず考えた。莫大な借金を抱えながら、右肩の負傷具合から唯一の返済手段であるはずのプロレス復帰も 危ういとなれば、橋本らしくないとは言えありえない話ではないと思ったからだ。
その後聞いたところでは脳内出血が死因らしく、最後の最後で失望させられる事がなかった事をせめて喜ぶべきなのだろうか?織田信長を崇拝し、 ガウンにも「人間50年」と縫い入れていた橋本が死んだのが40歳というのはなんだか皮肉めいているような気がする。


その死を受け入れられないままに橋本について考えてみた。まず最初に思い出したのは、小川との抗争時の引退騒動やZERO−ONE旗揚げ時の ゴタゴタなどの際に「橋本は現実とアングルの区別がついていないのではないかと思える時がある」と書き、その後橋本対金村の川崎大会での試合 前での自爆の儀式を見た時に、ようやく「区別がついていないのではなく、その全てが橋本ワールドなんだ」と思い知らされた事だ。
そう考えると今回の死は橋本にしてはいささかドラマ性に欠けるのではないか、などと考えてしまう。


プロレスファンである自分がプロレスラーである橋本について振り返るのなら、やはり遺してくれた数々の名勝負について思いを馳せる事とした い。IWGP王者として連続防衛の記録を打ち立て、たくさんの名勝負を遺しているはずなのに、頭に浮かぶのは試合内容よりも橋本らしさが発揮 された試合やシチュエーションでの試合ばかりだ。
死に水を取るかのような最初のG−1での長州戦。IWGP王者の看板を背負ってノンタイトルで戦い、初勝利した天龍戦。新日ファンの祈りを一 身に背負って戦ったドームでの高田戦。そして川崎での金村戦。
これら全てが橋本ならではの世界であり、だからこそ武藤や蝶野といったある意味ドライな感性との対比により、互いにより引き立った世界が作ら れたのだ。


橋本のいないプロレス界はこれからますます『情念の世界』から遠去かるかのようで、自分にとってはその死にいくつもの意味があるかのように思 えてくる。
それでも今は「ありがとう」と「さようなら」という言葉だけを破壊王と呼ばれた男に贈りたい。





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