せんせと話した(我が師pedro carvalho)
■投稿日時:2004年2月15日
■書き手:ひねリン

俺はもううちの道場には4年以上いるんだけど、今まで一度もせんせとじっくり話をしたことがなかったりする。理由はいろいろあるけどまあいいや。ちなみに、そーやって距離を開けて来たおかげもあって、俺はこんなに長いことコンスタントにうちで練習して、今までせんせと何の小さなトラブルも起こしていない。実はこれはこれでかなりマレなことだったりする。

そんなんだったけど、わけあって月曜にはじめてせんせと一時間くらい話した。っても、そのうちの57分くらいはせんせが話して、俺はただ聞いていただけなんだが(当初は10分くらいで済ませる予定だったんだが、せんせが話しをやめなかった)。

「(アメリカの柔術界は)みんな試合に勝つことにこだわりすぎだよ。自分が人よりタフであることを証明しようと躍起になるのはバカげてる。私は試合なんか勝とうが負けようが、出ようが出まいがどーでもいいと思うよ。そりゃ勝てばいいけど、別に負けたっていいよ。楽しむことの方が大事だ。黒帯達もみんな、自分の生徒を試合に勝たせることにこだわりすぎだ。○○○(俺の本名)、お前は根本的に試合が好きなんだよな。そういう性格なのは見てりゃ分かる。私が何も言わなくても、勝手にどんどん大会に出てるもんな。で、いつも楽しそーだ。とてもいいね。でも、もし私がお前に『○○○、次の試合は絶対勝て! そのためにハードトレーニングをしろ!』とプレッシャーをかけたらどーだい? 楽しいモノが楽しくなくなっちゃうだろ? そんなの意味ないよ。」

確かにせんせは、(自分で開く大会は除いて)生徒に試合に出ろとも出るなとも言わないし、俺がいくら一人で試合に出て、いくらメダル持って帰って来てもロクに誉めてくれないが、負けても別に何も言わない。実際せんせは、ブラジル人にしては珍しく、生徒を試合で勝たせること(&それによって道場の名を広めること)にもなんの情熱も傾けない。帯の昇級基準はかなり甘く、うちの生徒の勝率は低い(帯ごとに出場部門が別れてる柔術の試合では、昇級基準の厳しい道場の方が有利)。VTにも興味ゼロで、生徒に出場を薦めたりもしない。柔術の試合に向けての特別練習とかもほぼ皆無。たまにクラスを指導員に任せて、自分は家族と遊びに行ったりする(俺にいきなり「好きなよーにやってくれ」と言って消えたり)。

ただせんせは、自分がクラスを持つ時は生徒の誰とでもスパーリングする。当然誰も勝てない。俺の知ってる4年間でも、おそらくスパーリング一万数千戦無敗だろう。でも、(まだまだ30台前半なのに)試合に出る素振りはまったく見せないし、自分の技術体系はほぼ完結してて、「ブラジルの最新技術」なんてもんにもまったく興味を示さない。

そんななので、上級の青帯や紫帯になると、別の道場に移る生徒がうちにはやたら多い。「もっと試合に勝つ練習をしたい」「VTをやりたい」「もっと最先端の技術を習いたい」「俺はこのままじゃいつまでもペドロ(せんせ)に勝てない」そんなことを言いながら、いろんな人がうちを去っていった。

・・・まいいや。せんせの言葉の続き。


「謙虚であることが一番大事だよ。最近のVTなんか、みんな自分がいかにタフかを見せびらかそーとしてるだけで、まったくくだらない。ティト・オーティスを見てみろよ。ありゃただの道化だ。大切なのは、自分よりももっと大きな力が存在するってことを知ることだ。自分が自分だけの力でチャンピオンになったと思う奴は大バカだ。そういう奴はいつか痛い目にあう。お前の住んでるこの世界を創ったのは神なんだよ。私は自分が弱いただの人間だってことを知っている。でも神の恵みのおかげで、こうやっていい生活を送れるんだ。柔術の黒帯だけど、自分の力でなったんじゃなくて、神のおかげでそうなった。自分がどれだけ強いかを人に見せびらかすためでなく、このすばらしい柔術の技術をみんなに教えて、みんなの生活が良くなる助けをできる。柔術は人生の道そのものだからね。そういう恵み深き仕事を神がくれた。」

んなこと言ってるせんせだが、(恐い顔から想像できるよーに)昔はかなりのワルだったらしい。インターネットのどっかで見つけた、せんせの師匠の一人である、シルビオ・ベーリンギのインタビューを読んでたら、「力にまかせて、自分より格下の道場生をスパーでいじめるペドロを、自分がよーく言い聞かせてやったことがある」みたいな発言があって、俺はひとり大笑いした覚えがある。ついでに今でもせんせは、態度の悪い生徒がいれば直接自分の手で制裁するし、ちょっとした行き違いがあったりすると怒りが顔に出る。でも普段は静かでクールで、英語はやたら流暢で、非常にブラジル人らしくない人である。

・・・とにかく、このへんからせんせのしゃべりは止まらなくなって、しかもめちゃくちゃ早口の英語なので、俺のアタマの回転と聞き取り能力はそれについていけなくて、何を言ってるのかよくわからなくなってきた。

「選手だけでなくて、見る側もみんな、大事なことを見失ってるよ。ホイスはかつて英雄だったけど、今でも偉大だと私は思う。でも現在、人々のほとんどはティトの方がホイスよりはるかに強いと思い、ティトの方を見たがってるだろう。でも私から見ればホイスこそ英雄だ。彼が扉を開いてくれたおかげで、こんなに柔術が盛んになって、みんな今いい暮らしができてるんだ。それを忘れて『今のホイスより自分の方が強い』とか言っている黒帯達は愚かだ。どんなに叩かれても、その人の偉大さは変わらない。キリストだってそうだ。さんざん人々から打ちのめされたが、最後には世界中に信者を作ったんだ。」

「強いということは全てじゃない。私が思うに、ヒクソンはもっとも偉大な柔術家だ。誰も彼には勝てない。でも、彼は息子を失い、悲しみのどん底に叩き落とされた。私は思う。もし神がヒクソンに、彼の偉大な柔術の技術を一切失うかわりに、息子の命を取り戻してやると持ちかけたら、ヒクソンは間違いなくそれに従うはずだ。」

・・・もちろん他にもいろいろ話してくれたけど、意味が良く分からなかったり、プライベートな話だったり。


俺は当然せんせとは全然違う考えをもっていて、神など信じてないし(絶対いないと信じてるわけでもないが)、みんなが他人と競争してのしあがることで成り立つこの世界を(100%かどーかは分からんが)支持するし、必死で試合に勝とうとしてる人は好きだし、自己アピールしまくる奴も(見てるぶんには)好きだ。ついでにヒクソンが最強かどーかもよく分からない。

でもたぶん、俺はここに住んでる限りうちの道場をやめないと思う。近いし居心地いいし。今までみたいな距離で接っするなら、考え方なんて多少違ったって問題ないし。最先端の技なんてテープで研究したり、出稽古すりゃいいし。そもそも俺、せんせの弟子なのに、せんせの技をまだ全然使えてないしな。





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