「超月刊エキサイティング・プロレス」第二回 <ファンタジー・プロレスって何だろう?>
■投稿日時:2002年11月16日
■書き手:タカハシ(名前をクリックするとプロフィールの欄に飛びます)

な、何と未だに「レッスル−1」のカードが正式発表になっていない(11月14日現在)。一応セミが小島&馳対コールマン&ランデルマン(コールマンのパートナーはいつも名前で韻を踏んでるね)のようだが、これすら馳のコラムでしか正式に活字になっていないのだ。
しかし1週間後のPRIDEドーム大会で試合を控えるランデルマンの出場には、石井館長とDSEの結びつきの強さが伺い知れると同時に、石井館長のプロレスへの愛情の薄さまで感じさせてしまう残念なマッチメークだ。とてもランデルマンが1試合完全燃焼のアストロ魂を見せてくれるとは思えんもんなー。
にわかには信じ難いが、今回のチケットが好調なのだとしたら、それはボブ・サップ個人の人気よりも石井館長への信頼ではないかと思う。昨年の「猪木祭り」についてはちょっと微妙だが、少なくとも結果に不満が残る事はあっても、ビッグイベントのマッチメークで石井館長に裏切られたという記憶はないからだ。
今回は新たな参入という事で想像以上に苦戦しているのかも知れないが、いっその事石井館長が新たにW−1事務局なるものを作り、各団体から選手をブッキングするかたちでの変則的売り興行(既存の団体から見て)とした方が良かったような気もする。つまり××万で全日本から武藤とカズ、新日本から蝶野とライガーとかいう感じで。
あるいはプロレス業界参入のプロレスファンへのご挨拶としてベースボール主催の「夢のかけ橋」スタイル(各団体にカードを提供してもらう形式)の興行とするのもアリだったのかも。
とにかく自分が懸念するのはせっかくプロレス業界外から、お金を出してプロレス活性化に力を貸してくれると言ってくれた石井館長が見切りをつけてしまう事。業界外のメインスポンサーが付くには本当に10年ぶりの事なのだが・・・。
一応石井館長のパワーに対し恐れをなしてか、敬意を表してか各団体とも決して拒絶反応らしいものは見せてはいないようだが、プロレス雑誌の方はどうも引き気味なのが気がかりなトコロだ。もうメンツだなんだと言ってる場合じゃないだろうに。
チケットの売れ行きが悪ければテコ入れのカードを追加する事によって、満員にするための努力を重ねてきた石井館長だけに、案外自分がオロオロする必要もないほどチケットはバカ売れしているのかも知れない。

さて、今回は「W−1」のキーワードである「ファンタジー・プロレス」について考えてみたい。
「ファンタジー」の語感からすると、棺桶に入っているはずのアンダーテイカーがとんでもない所から出てきたような、マジック全開の演出を考えがち(我ながら想像力貧困だな)だ。
そう言えばムタもプリンセス・テンコーのマジックで入場したり、天井から降りてきたりと色々やっていたが、それをやって来た横浜アリーナではロクな試合をしていない記憶があるぞ。不吉だ・・・。

さて気を取り直して続けよう。今までプロレスから感じられた「ファンタジー性」は自分の場合は2つの試合に絞られる。それは北朝鮮におけるアントニオ猪木対リック・フレアーと、田園コロシアムでのアンドレ・ザ・ジャイアント対スタン・ハンセンだ。
猪木対フレアーは状況的にもカード的にも、今考えても本当に奇跡のような試合だ。この試合でフレアーが真に偉大なレスラーである事、フレアーの試合の楽しみ方を日本全国に知らしめたのだが、日本とアメリカそれぞれの国で史上最もワークレイトの高いレスラーが、なんと北朝鮮で戦うという舞台設定からしてファンタジックであり、それがプロレスをほとんど初めて見た北朝鮮の人達に、号音のような歓声を上げさせたという事も同じくファンタジックな出来事だ。アングルを越えた奇跡的の舞台設定といったところかな。

またアンドレ対ハンセンについてだが、これは水道橋博士も言っていたが、この試合だけは何十年経ってもファンの間で語り継がれるであろう、まさに「伝説の試合」だ。陳腐な理屈を越えたスゴサと面白さはやっぱりこれから先もずっとその輝きを保ち続ける事だろう。
この試合に自分の中でイメージ的に最も近いのは実は先の「DYNAMITE!」におけるノゲイラ対サップだったりする。超人的な肉体が織りなす最高のパフォーマンスであり、勝敗を越えたところに価値があるところが共通点なんだろう。これは「人間の強さの極限」としておくか。

どうも自分のイメージする「ファンタジー・プロレス」は人為的に作るものではなく、プロレスの神様のひと押しが必要なようだ。今回の「WRESTLE−1」では石井館長のプロレス観を見たい、という部分もあったが、石井館長だけでなくその周辺のスタッフからも、プロレスへのリスペクトやプロレスに関われる事への歓びも残念なが感じられない。
今回の興行のキーワードが「ファンタジー・プロレス」だとするならば、見た人それぞれの「ファンタジー・プロレス」が何なのかを確認するためのいい機会なのかも知れない。もっとも「W−1」のスタッフはそんなこだわりを持って見ようとするマニアを切り捨てたいと思っているフシがあるようだけれど。





本稿の著作権はすべてKANSENKI.NET及び「書き手」に帰属します。

戻る
TOPへ