「週刊タカーシ(仮題)」第十九回 <座 読書>
■投稿日時:2002年8月20日
■書き手:タカハシ(名前をクリックするとプロフィールの欄に飛びます)

学生時代の夏休みは1月以上あるためついつい無為に過ごしてしまいがちだが、自分の場合社会人になってもそれは変わらず、今年の休みも柔術で汗を流し、積んでおいたビデオや本を見たり読んだりしながらこの連載に追われつつ、それでも昼寝は忘れないという感じだ。
久し振りに中学時代の友人にも会ったものの、連れてきた子供たちと一緒になって遊んでいたら旧交を温めるどころでなくなってしまった。5歳児にモテモテでもあんまり嬉しくないなー。

今回はここを読んでくれている昔話好きの方々にも、せっかくの夏を同じように無駄に過ごしてもらいたいので、プロレス関連の本でのオススメを自分なりにいくつか挙げてみたい。
自分ではそれなりに読み倒しているつもりだが、こうしてみると格闘技のみの本で「これは!」という本がない事に気付く。これはプロレスとある程度絡めないと、出版業界的にもまだまだ商売として成立しないと踏んでいる部分があるのと、プロレスの呪縛から逃れている新世代の書き手が出て来ていないからではないかと思われる。
コレについてはただ読んでいないだけのような気もするが、格闘技を見る事の面白さをプロレスとの比較等抜きで語れているライターは皆無ではなかろうか。小さい世界のためどうしても団体や関係者のしがらみから抜けられないという事もあるだろう。そう言った意味でもネットから新世代の書き手が登場する事を期待したい。

さてこれからいくつか本のタイトルを挙げていくがその順番には特に意味はない。どれもそれぞれ素晴らしく面白いものばかりで、入手の難しい本もあるものの図書館なりで借りられるものは是非読んでもらいたいものばかりだ。
しかしその中で「どれかひとつ挙げろ」と言われたなら、自分は迷わず田中(正志)さんの「開戦!プロレス・シュート宣言!」がナンバー1だ。自分が草稿段階から読ませてもらい、自分が考えたフレーズや付け加えた情報などを使ってもらった事を差し引いても、文句なくこの本が一番面白かった。
ネタが濃厚すぎて読む人を選ぶというきらいがあるのは否定できないと思うが、自分のプロレス観に最も影響を与えた本であり、その面白さがエポック・メーキングとならなかったのはある意味残念であり、出版当時ではまだまだ早過ぎたかなと思う。
あえてこの本を読んだ事でのマイナスを挙げるとしたなら、ミスター高橋の「流血の魔術・最強の演技」を読んでもさほどショックがなかった事くらいだ。もし自分があの本を「開戦!」を読む前に読んでいたならどのような感想を持ったのかには少しばかり興味があったのでそれがちょっと残念だ。
田中さんのデビュー作である「プロレス・格闘技縦横無尽」もその面白さはともかく、今読むとそれほど内幕に踏み込んではいないと思うのだが、それでも当時のプロレスマスコミではそれすら受け入れる器量がなかったのは残念だ。
さっきから残念がってばかりいるが自分がこうして観戦記ネットで連載を持ったり、ネットで広がった交友関係の多くに田中さんと知り合った事が関わっている事もあり、客観的にも不遇な立場であると思っているので、できれば色々な意味で成功してもらいたいと思っている。そのために越えなくてはいけないハードルは、自分の目から見てもかなりたくさんあるようだが。
さて今年に入ってからは再読していないが、「縦横無尽」と「開戦!」を読み返す度に考えるのが「この本以降に出てきたプロレス・格闘技業界の新たなる登場人物」についてだ。「縦横無尽」と「開戦!」の間の数年間で出現した最も重要な人物と言えば現在はWWEでGM役を演じている元WCW社長(まで行ったのかな?)のエリック・ビショフであると思う。今は失脚してしまい単なる番組の出演者の1人に過ぎないが、多分この意見には田中さん自身も同意してくれるだろう。
そして「開戦!」出版から現在までの数年間で登場した重要人物と言えば、これはPRIDEの森下直人社長だろうか?正直に言うと森下社長が実際どれだけの力を持っているのか、本当は表に出て来ないだけでもっとスゴイ人
がいるような気もするがよく判らないので、一応PRIDEの最高責任者という事で挙げてみたい。

とにかく遂に絶版となってしまったこの2冊だが、高橋本の何年も前にこれだけの本が実はこっそり(大出版社からの発売だったけど)世に出ていたという事は覚えておきたいところだ。

さて妙に力が入りすぎたので後はもう少し軽めに紹介しておこう。
井田真木子著の「プロレス少女伝説」は長与や神取忍、メドゥーサといった女子レスラーについてのノンフィクションで、大宅壮一賞受賞作でもある。もっともこの賞を取った際に立花隆が「プロレスのような知的レベルの低い人しか楽しめないジャンルを取り上げた本が受賞するべきではない」という発言が物議をかもしたが、立花隆本人によると「自分の発言であれほど反論がたくさん来た事はなかった」そうだ。
この本で最も特筆されるべき事はジャッキーとのセメントマッチについての取材の際、神取から「心を折る」という言葉を引き出している事で、これはその後夢枕獏や板垣恵介も使い回している名言だ。覚えておこう。

「反則がいっぱい」は本来SF作家である亀和田武のプロレス・エッセイだが、この人については本業の作品は見ておらず、ワイドショーで司会をする姿を見た事があるくらいだ。ジャパン女子や旧UWF、革命前後の天龍といった観戦記ネットを見ている人には琴線触れまくりの事象を取り上げているので、30代の人は必読。
これは今読んでも満足できると思う。今回いくつか挙げている本の中では、この本を一番先に再読したいと思う。
「終着の浜辺」という同人誌をジャパン女子の同行の士と出版した事があるそうだが、今自分の中で「終着の浜辺」と言える団体を挙げるとしたなら・・・つい最近まで闘龍門にそれに近い感情は持っていたものの、余りにもハイレベルで面白いものを提供し続けてくれている事に自分が慣れきってしまい、楽しむ感覚がマヒしてしまった事から該当する団体がなくなってしまった。
そういう人のために「活き活き塾」があったのかも知れないが、ついに一度も見る事なく休講となってしまった。もっとも聞くところによると「なんじゃコリャ」と松田優作になってるような可能性大でもあるようだが。

フラメンコダンサー(だったか?)板坂剛の「アントニオ猪木・最後の真実」は猪木対ブローディの初対決におけるブレーディングについて取り上げ、暴露と「これについて我々はいかに向かい合うべきか?」を模索していた本・・・だと思う。サスガに15年以上前に読んだ本なのでちょっと記憶が曖昧だ。
先日のブローディについて書いた回でも触れたが、このブレーディングについては「噂の真相」誌が取り上げたところ、恐らくあまりにも反響が大きかったためにその後しばらくプロレス暴露記事の掲載が続いたのだ。
ただ先に書いた通り根底にはライターのプロレスに対する(ねじくれ曲がってはいるものの)愛情があるためかそこまで知らなかったのか「全て決まっている」といった表現はなかったと思う。ただ流血が自ら行われるものでもあり、それが試合の趨勢を決めてしまう時もある事を考えれば・・・と当時考えた事は何故だかハッキリ覚えている。
それにしても当時10代であったのによくこの本で知ったウラ事情を知って未だにプロレスファンであり続けたと思うが、当時から既にタフだったのかプロレスの魅力にどっぷり囚われていたのか・・・。
恐らく後者だとは思うが、少なくとも書いている人からプロレスに対する愛情は感じられたのでそれが救いだったのかも。
「シュート活字」(実はあまり好きな言葉ではないが)について語るなら、エポックメーキング的存在としても忘れてはいけない本だ。

漫画家のいしかわじゅん著「プロレス大好き!」は豆たぬきの本という小学生向きの本なのだけれど、「たかがプロレスじゃない。理屈ヌキで楽しもうよ」という、ある意味とても小学生向けとは思えないテーマの本。内容は今読んでも結構読ませるものの、文体が勿論小学生向けなのでそのギャップも楽しめる。
さて、いしかわじゅんというと週刊プロレスとのトラブルについて記憶されている人も多いと思う。これは当時週刊プレイボーイで連載されていた「東京物語」というマンガでキャラクターの口を借りるカタチでチクリチクリと批判していたのに対して、編集後記でつまらない反論の仕方をした事が発端(SWS批判へのモノが多かった)。
これに対していしかわじゅんがその記者か誰かを会場で首根っこを捕まえて「反論するならもっと堂々とやれ!」と言い、それを受けた当時の編集長のターザン山本が週刊プロレスに反論のスペースを提供したところ、本当に書いてきた事があった。
結構理路整然と書かれていたので週刊プロレス側の反論を楽しみにしていたのだが、結局そこで手打ちだか黙殺だかはわからないまま読者に結論を与える事はなかった。
後日ターザンに聞くと「彼は暴力を振るったから、相手にする価値は無いと判断した」と言っていたが、それは最初の最初なのだから、それを理由とするなら反論のスペースの提供をする事自体間違いだろう。
ただ先の「東京物語」や「うぇぽん」、「スキャンダル通信」など自分がいしかわじゅんの作品を結構好きなので、この件についてはちょっとヒイキ目に見ている部分はあるかもしれない。

村松友視の「プロレスの味方シリーズ」は当時としては革命的な本だったと思う。プロレスファンでいる事に理論武装が必要だった時代もあったという事・・・決して作者の意図するものとは全く違うものであるけれど、恥ずかしながらこの本に書いてある事をそのままに、まるで自分が考えついた事であるかのように語った事もあった。
今読むと余りにも見当違いであったり、時代の流れの移り変わりの激しさに置いて行かれているような印象かもしれないけれど、「プロレスについて語る事の楽しさ」を初めて本にしたという意味では非常に意義深い存在であると思う。ただあの時読んだ時の感動?にケチを付けたくないので自分は再読したいとは思わないな。

・・・「軽く紹介」と書いておきながら全く軽くない事に気が付いた。いつにも増して行数が多くなったため今回は紹介し損ねたが「THE ROCK SAYS,,,(ロック著)」、「ピュア・ダイナマイト(ダイナマイト・キッド著)」、「倒産FMW(荒井昌一著)」も最近出版された事もあり、比較的入手し易いと思うので是非読んでもらいたいところだ。

さて、この連載もいよいよ次で20回となる。せっかく区切りもいい事だし、ここで週刊タカーシも廃刊として、しばらくは連載に追われることなくWWFのビデオを見たり「ぼくの夏休み」をやったりというダメ人間の生活を取り戻したいと思う。
残念ながら自分が思ったほどの反響を得る事はできなかったが、一応毎週火曜の朝1番には必ずアップされていた事だけでも評価してもらいたいところだ。取りあえず20回も続いた事だし、誰か別の人による新たな連載が始まっても挫折した書き手として自分の名前を挙げてくれるなよ、とはこの場を借りて強く言わせていただきたい。

<先週見た興行>
先週もロフトプラスワンに背広レスラー発刊イベントを見に行く。サムライの仕切りで行われたため、司会が三田佐代子であったトコロから、「コリャあんま期待できないなぁ」と思っていたが、ゲストの大谷がベロンベロンに酔っ払った事もあり、それなりに楽しめるイベントとなった。今回は生臭い話はなかったが、業界人にありがちなプロレスと格闘技を同一に並べて語るような展開にはならなかったので、こちらとしてもストレートに楽しむ事ができたというのもあるかな。
長州の復帰については明確な時期は出なかったものの、早くて年内から来年アタマにかけてという感じで、年齢的な事についてちゃんと考えているのかな?と逆にこっちが心配になる。誰でも天龍のようにはなれないと思うのだが。
飛び入りゲストはサムライの仕込みか葛西純(のみ)で、名前も知らなかった永島さんは妙に気に入ったようで大谷に「お前が育てろ」と命令していた。コレが面白い展開につながればなんともステキなのだが。
17日はディファ有明のK−DOJOへ。TAKAが教えてるのに「古き良き新日本の前座」を感じさせてくれるのが面白い。闘龍門の洗練され過ぎたとも言える完成度に馴染めない人も、こっちには違和感を感じないのでは?
自分のイチオシは十島くにお。躍動感あふれるストンピングやイキのいい表情など、「昔の新日ファン」を自称する人は必見。自分も改めてファンとしてのルーツが新日本である事を再認識しましたよ。
ちなみにダイスさんお気に入りのDJニラは試合前に「有明の地よ、私は帰ってきた!」とマイクで叫んでいたが、これはガンダム0083のガトー少佐のセリフからの引用だろう。また1人、ディープなヲタがプロレス界に入ってきた。多分気が付いたのは自分だけだろうけど。





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