トークライブ感想文
■投稿日時:2002年1月28日
■書き手:黒猫堂

 僕はプロレスが全てケツが決まっているということがどうしても信じられなかった。信じたくなかったわけではない。20年もプロレスを見続け、多少なりとも社会の裏を見ている僕はそこまでうぶではない。もちろんあらかじめケツが決められていると思われる試合も数多く見てきた。だが、それでは説明がつかない場面もそれと同じくらい経験しているわけである。だから田中さんの発言も一プロレスファンの物の見方に過ぎないとずっと思っていた。田中さんがトークライブで語っていたような批判者そのものであったのだ。

 だがここにきてついにプロレス関係者からプロレスの内幕が語られることになった。しかも新日の中枢にいたあのピーターによってである。こうなれば信じざるを得ないというのが正直な気持ちだ。こういった状態で僕はトークライブに参加した。

 内容についてはここで詳しく書かないほうがいいだろう。ただシュート活字に対する疑問や不満がかなり解消される内容であったことは確かだ。それに数々の質問に立て板の水のごとく答える田中さんの姿勢からは、シュート活字運動によってプロレス界を良くするという信念の固さのようなものが感じられた。 

 ただひとつ言わせてもらえば、カミングアウトによってプロレス界が良くなるという因果関係をもう少しきっちりと説明する必要があると思う。ここが一番肝心なところのはずだからだ。アメリカがそれで成功したからだけでははっきり言って弱すぎる。若干経営の視点からの説明があり僕は多少納得する部分があった。しかしその辺をきちんと説明できない限り、シュート活字自体が暴露的興味を満たすものという取り上げ方をされ続けるであろう。

 最後にカミングアウトの是非について僕の意見を述べさせていただく。カミングアウトするということは当然勝敗への興味を失わせることになる。そうなったとき一体会場の雰囲気はどういったものになるのか。僕には想像がつかないのである。日本の若者とアメリカの若者のメンタリティーにそれほど差はないと田中さんはおっしゃったが、全てを知っていながら無邪気にブーイングを飛ばしたり、USAコールをしたりできるほどアメリカナイズはされているのだろうか。そう考えると性急に事を運ぶのは得策ではないと思う。メモ8さんがおっしゃったように折衷案を模索する必要もあるのではないだろうか。だが、「虚実を自在に行き交うことをできるのがプロレスファンの特権」を持論とする僕としては、そういう風に会場では無邪気に楽しみ会場の外ではブックを批評するという楽しみ方をできるのが、真のスマートであるのかなと思う。

 とまあいろいろ好き勝手なことを書いてしまったが、今後以上のような疑問点などを頭の片隅に入れて活動していただくことを田中さんに望みます。また次回のライブおよび文筆活動を楽しみに待っております。





本稿の著作権はすべてKANSENKI.NET及び「書き手」に帰属します。

戻る
TOPへ