プロレス暗黒史シリーズ(2)エリック一家にかけられた呪い(前編)
■投稿日時:2002年1月8日
■書き手:( ´∀`)

 呪い

 それは憎らしい相手に災いが降りかかる事を祈る事であり、逆に次々と不幸、災難にあった場合、呪われたと表現される。

 プロレス界にも次々と自分の息子たちが若くして死亡し、ギミックでは無く、恐れと哀れみで呪われた一家と呼ばれる一族がいる・・・・・・・・

 長男の感電死を皮切りに、次々と事故、そして死に至る一族。息子の死亡を直視し続けた父親、その結果現在では次男のケビンしか生き残って無く、彼も現在はプロレスとの関わりを絶っている・・・・・・・

 そう、彼らを襲った悲劇はもしエリックがプロレスに関わって無ければ決して起こらなかっただろうと思われる、何故か?

 そこで今回はエリック一家、プロレス界におけるこの「呪われた一家に関する事実関係とそのかけられた呪いの正体」を確かめてみようと思う。

 光があれば、闇がある、表があれば裏がある。(前回もこのネタ使いました)

 世の中のショービジネスは数々あれど、プロレスほど現実を合わせ鏡の様に映し出すショーは無い、リングで起こっている事は筋書きあれど、その取り巻く状況は現実以上の魑魅魍魎があふれる伏魔殿なのだ。(伏魔殿という言葉は真紀子に教えてもらいました)

 皆さんをプロレスの闇の世界に招待する案内人( ´∀`) です。

 というか前回のフレンチ・エンジェルのコラム(リンク張ってくれ)が大変好評だったらしく、次も暗黒史をやれという意見が多かったようので、今回もまた暗黒史シリーズを続けたくと思う。

 まずはエリック一家とその暗黒の歴史を、簡単にまとめてみよう。

 一家の長、フリッツ・フォン・エリックは鉄の爪の異名でジャイアント馬場の最大のライバルとして一世を風靡した不出世の自称ベルリン出身のドイツ系大型レスラー。

 その必殺技、鉄の爪ことアイアン・クローは桁違いの握力で相手の顔面を押さえる技で、単純ゆえにその印象は絶大なものだった。

 特に試合前の、リンゴをその握力で握りつぶしジュースにしてしまうパフォーマンスで世界中を震え上がらせたものだ。オハマ、ミネアポリス両AWA王者にも輝き、地元テキサス州ダラスにてプロモーターとしても敏腕を振るい、彼の団体WCCWで全米一のプロレス王国を築き、地元の名士となり億万長者にのし上がったのだ。

 そんなエリックは6人の息子を授かったが、これが不孝の始まりだった・・・・

 まず長男のジャックJRが幼くして、フリッツの目前、庭で感電死する。このショックでフリッツは暫く試合が出来ず、自宅に閉じこもるが次男ケビンなどの励ましで立ち直った。(ちなみに長女もおり、この後に溺死したと言う説もある)

 70年代後半に、次男ケビン、三男デビットが相次いでWCCWにてレスラーとしてデビュー、特に三男のデビットは100キロを超す恵まれた体格に甘いマスクで、デビュー後すぐにトップレスラーの仲間入りし、当時プロレス界最高の王者NWA王者への登龍門だったミズーリ州王者、さらに日本ともなじみ深い(ジャンボ鶴田で有名な)UN王者にも輝く。

 更に四男のケリーも兄たちを後を追う様にデビュー、デビットと同じく恵まれた体格に、円盤投げから編み出したディスカス・パンチをひっさげ大活躍。エリック3兄弟の活躍に皆が熱狂した。安心したフリッツは82年に引退し息子たちに世界王者への夢を託した。しかし、これは悲劇はこれからだった。


 オールドファンにはショッキングな事件では会ったが、デビットは1984年2月10日に日本遠征中のホテルの一室で突然死する。心臓マヒ、薬物中毒、自殺などの憶測が流れたが、今日では薬物中毒からくる内臓疾患がその原因と言われている。

 哀しみの中、ダラスではデビット追悼興行が行われ、メインではケリーが当時のNWA王者フレアーを破り、遂にエリック一家の悲願、NWA王者に輝く。(その一週間後にフレアーに取り戻されるが)更に84年に今度は五男のマイクをデビットの代わりにデビューさせ再び3兄弟での活躍が期待された。

 しかし不孝は終わらない。

 翌年マイクはイスラエル遠征で有毒性ショック症候群と言う病に冒され長期休養を余儀なくされた。更にケリーは86年にオートバイ事故で重傷を負う。それでもケリー、マイクはリングに復帰するが、兄たちと比べレスラーに向いてるとは言えないマイクはレスラーとしての限界から鬱病になり、87年に抑うつ剤の過剰摂取で死亡。


 それでも今度は末っ子のクリスをレスラーとしてデビューさせるが、彼も偉大過ぎる父親、兄たちへの負い目から自殺してしまう。次々と息子を失ったフリッツはWCCWを売却し、妻とも離婚。ケリーは復帰後、WWFへ参戦し、テキサス・トルネードのリングネームでそこそこ活躍するが、ドラック不法所持で逮捕される前日に拳銃自殺してしまった。

 そして1997年、フリッツはケビンの見守る中、静かに息を引き取った。息子たちと再び会えると楽しみに安らかに死んでいったと言われる。


 金はあった、名声はあった、長生きをした、しかし息子を次々に失った、フリッツの人生は幸せだったのだろうか・・・・・・。

 ざっとエリック一家の悲劇の歴史を見てみると、長男のジャックJRはどうしようも無い事故だが、残りの兄弟が死亡したのはプロレスが関係してる事に気付くであろう。

 特に顕著なのは五男のマイクと末っ子のクリス、彼らは当時のファンからもまたプロモーターや他のレスラーからも体格、体力、センス、性格などを考えてもプロレスラーには向いて無いと酷評された。そして彼らはレスラーである事に耐えられなくなし死に至った。そしてそれはデビットやケリーも同じであった。デビットの薬物死は実はステロイドであると言う説が強く、つまり、天性の恵まれた身体では無く、レスラーになる為に薬で無理に大きくしていたのだ。

 更にケリーに至っては、実は交通事故で右足首を切断している。彼は義足を隠し、プロレスラーとしてカムバックしたのだ。ケリーの自殺の原因はドラッグの不法所持での逮捕に耐えられなくたったからだ。

 実はカムバック後、ケリー逮捕に警察がずっと動いていたが、地元の名士であったフリッツがそれをことごとく潰していた。しかし、遂に庇いきれなくなり、明日逮捕という時にケリーはピストル自殺をしたのだ。

 では何故、ケリーはドラッグに手を出したのか? 心が弱かったと切って捨てるのは簡単だが、私にはそうは思えない。おそらく義足でプロレスを行う事からくる激痛から逃れる為にドラッグに手を出した、と考えるが自然だろう。何故、ケリーはそこまでしてプロレスを続けなければならなかったのか? 父親フリッツの団体のエースがいなくなると興行的に困るからか?否、ケリーが義足で戦い、WWFに参戦してる当時、すでにWCCWは消滅している。ただフリッツの為にどうしてもケリーは義足で戦わなければならなかったのだ。自殺するほど苦悩を抱えながら、エリック兄弟はプロレスラーを続けなければならなかったのだ。

フリッツの為に。

 何故フリッツが息子をレスラーに、それも一流レスラーにさせたかったのだろうか。それはエリック一家にはある秘密があったからなのだ。秘密を解くキーワードは長男ジャックJR。ここでおかしい事に気付くだろう。フリッツの息子ならフリッツJRとなるべきなのになにゆえ、ジャック?

 そう、実はフリッツ・フォン・エリックと言うのはリングネームであり本名では無い。

 本名はジャック・アドキッセン、ベルリン出身では無く、テキサス州ダラス出身、そしてユダヤ人である。このユダヤ人である事がエリック一家の呪いの正体と思われる。

 なぜならフリッツはユダヤ人でありながらナチ・ギミックで売り出したヒールレスラーなのである。

 ユダヤ人にとってはもっとも忌々しい存在ナチス、そのナチスを名乗ったフリッツはリングでナチ式行進(膝を伸ばしたまま歩く)をし、全米を震撼させたのだ。(編集部注:その後キラーカールクラップという選手がフォロワー(笑)として存在したが・・・・)

 民族的な事に疎い日本ではピンとこないが、ユダヤ人でありながらナチ・ギミックで売り出す事、それがフリッツの心にどんな影響を与えたか計り知れない。その負い目が一家を不幸へと導いていったとしか思えないのである。後編では裏面からエリック一家の悲劇の歴史を紹介し、そのユダヤの呪いの正体に迫ってみたいと思う。

(続く)





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