ミスター高橋本感想文投稿「密室か開放か?」
■投稿日時:2001年12月23日
■書き手:よぴの

性愛は密室の秘め事ゆえ、淫靡な快楽を醸し出すとされてきた。性がタブーであるからこそ、好事家は禁忌を犯す快楽を得たのだ。しかしながら、性の解放が進むにつれ、あらゆる性産業は興隆するものの密室の快楽は姿を消しつつある。

私はプロレスを2種の観点から観ていた。一つはプロレスについて考えること、二つに凄まじい当りに手に汗握る事である。ミスター高橋氏の著作は暴露などという次元の低い話しではなく(セキュリティサービスの話しはおいといて)、両者を補完するものと考えるし、これは田中氏の主張ともほぼ合致すると考える。また、小生も多少なりともシュート活字に慣れ親しんでおり、戸惑うことなく内容を受容できた。

しかしながら、開放が全面的に是とできるかについては判断を躊躇せざるを得ない。開放的な快楽は萎えるのも速い。しかし、密室の快楽は持続する。あいまいさがプロレスファンの拠り所であったことは否定できない。

WWFを例に取ると、小生の心配は杞憂かもしれない。しかしながら、麻縄による緊縛と黒皮のボンテージとは明らかに快楽の根本が異なる。日本と米国はメンタリティが異なるのである。

開放は、その取り扱いが適切に行われるならば大きな成果を得られるであろう。しかしながら、中途半端な反応しか出せないなら一過性のファンもマニアも両方を失うことになる。それなら件の著作に無視を貫くのも一つの手である。密室か開放か?プロレス界は岐路に立っている。





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