シュート活字は、そしてプロレスは何処へ
■投稿日時:2001年12月9日
■書き手:リー監督(名前をクリックするとプロフィールの欄に飛びます)

 ミスター高橋『流血の魔術 最強の演技 すべてのプロレスはショーである』(講談社)読了。およそ2時間くらいかけて、しっかりと読む。

 ミスター高橋が、シュート活字の真似っこ。これはある意味お見事。田中正志氏の2冊の本に続き、はっきりと(新日本プロレス限定だが)プロレスがショーであることを名言。これで売れてしまう(らしい)のだから、10月13日の朝日新聞夕刊の記事が後押しをした形となった。ミスター高橋は、思い切ったことをしたものだ。この本を書いた人は、パクリであることをよく理解しているに違いない。

 しかし、新日本の元レフェリーという立場からのシュート活字「的」本を出すとは、意表をついた。というか、シュート活字に慣れ親しんだ私のような人間には、特に衝撃的な内容ではないのだが、立場が立場なだけに、一般の人にとって、話は具体的かつ説得力ある内容。UWFに対する記述など遠慮がちではあるものの、新日がキング・オブ・スポーツから、WWF的なキング・オブ・エンターテイメントへ変わるべきだという提案を含め、あまりにもシュート活字的(田中正志氏的)な内容に戸惑うくらいだ。

 私の見立てではこの本の7割くらいは事実だと思うが、おかしい個所もいくつかある。それを指摘したい気もあるが、それは私の役割ではないし、間違い探しなどあまり意味がない。私自身が典型的なマークというのもある。

 田中氏が95年にプロレス界の堅牢な鍵を外したことを端緒にして、このように時代の扉は3センチくらい開けられた。これだけ開けば扉の向こうに見えるものは見えるのだから、どんどん開いていくことだろう。もっと時間がかかると思っていたのに、吃驚仰天である。このようなことは大歓迎である。

 さて、楽しいことになってきた。今まで日本の関係者は(「元」であろうがなかろうが)、真実を語ることは出来なかった。語っても公には出来なかった。しかし、語り始めたのだ。公になり始めたのだ。95年以来、(「レスリング・ダイジェスト」から考えれば、20年以上の時が流れている!)時代はある1つの方向を目指していることの証明でもある。

 後は、このような関係者側からではなく、第三者的な立場から100%真実のメディアが構築されれば、ものすご〜く面白いことになるだろう。楽しみだなあ。





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