超・週刊プロレス 第十四号「秋山の平成天龍革命(後編)」
■日時:2001年9月12日
■書き手:愚傾(名前をクリックするとプロフィールの欄に飛びます)

 はい。どうも。愚傾です。

 とりあえず先週の続きってことで。

 NOAH内部で発言権が大きくなった秋山の「寝た子よ、起きろ!」発言に食いついたとされる本田多聞ですが、手前はここに疑問がある。つまり、「多聞は本当に自分から行動を起こしたのか?」ということ。

 プロレスラーには「ファンあがり」「競技者あがり」の二通りがあるわけです。前者はプロレスラーになるべくして生まれてきたプロレスファンが夢を実現させたタイプ、後者は「競技者」として峠を越えてしまったためにプロレスを選んだタイプ。まぁ女子選手はともかく、男子でプロレスラーになる人というのは(格闘技に限らず)なにかしらの「競技者」であったのはほぼ間違いないことなので、ここでは「プロレスラーになるために競技者となった人」も前者に含むことにします。

 前者の代表格は、最近では小橋建太や大谷晋二郎がそれですかね。後者の代表格はやっぱり小川直也となるんじゃないかな。

 で、本田多聞は言うまでもなく後者なわけですよ。新日本(?)の安田忠夫と並ぶ、もう典型的な「競技者あがり」です。

 あの、小川のようなトップ中のトップならともかく、まぁトップどころならともかく、まぁよくて一流半というか、トップ未満中堅以上といったクラスの「競技者あがり」というのは、どうも体育会系の湯に長いこと浸かってたせいか、どうも「格」や「序列」というものを遵守する傾向にあるように思うんですよね。それ故にアマチュア時代と比べて、プロとなってからはパッとしないっていうケースが多いんじゃないかと。谷津嘉章なんかがいい例。いつまでたっても殻を破れない中西学なんかもそうなりつつある。

 じゃぁ多聞はどうかっていうと、これはもう「格」と「序列」にとことん従順なタイプじゃないですか。この世界に入ってからの師匠であるジャイアント馬場の思想が骨の随まですり込まれてる。いやそれが悪いっていうんじゃなくて、そういう人だっていう話。

 そんな多聞が、いくら「格」や「序列」なんてどうでもいいから、とにかくこのベルトに挑戦したいって言ってみろ! と言われたからって、そんなすぐに行動に移せるもんなのかなという疑問が手前にはあるわけです。そうじゃなくても一人称に「私」を使うという、この世界では極めて稀な地味めな性格の多聞が、特に残りの現役生活が限られてるわけでもないのに、なぜ痛む膝を押してまで背伸びをしたのか、手前にはどうしても理解ができない。

 勿論、他人の、ましてやプロレスラーの行動パターンなんて手前ごときに理解判断できるようなものじゃないのは百も承知ですから、多聞が「本当に自分から行動を起こした」のであれば、それはそれで納得できるんです。ただ、何が多聞をそうさせたのかな? という疑問が残るだけで。

 しかし、もし多聞が「自分から行動を起こしたということになってる」としたらどうでしょうかね? 自分から上がっていったんじゃなくて、上から引き上げられたんだとしたら。

 手前がポイントだと思うのはココです。
 もし多聞が「自分から行動を起こした」のであれば、秋山は三沢から「とりあえず名乗りを上げた四人(森嶋、力皇、池田、多聞)の中から一人選んでくれ」と言われたということです。
 じゃぁ逆に、多聞が「自分から行動を起こしたことになってる」のであれば、秋山三沢から「ウチの選手二十人余りの中から一人選んでくれ」と言われたということです。

 つまり、多聞の立候補が「リアル」であるか「演出」であるかによって、秋山の持っている「権利」の大きさが見えてくるわけです。「ランダムに選別された四人の中から一人」を選ぶのと、「二十人余りの所属選手全員の中から一人」を選ぶの、どちらが大きな「権利」であるかは言うまでもないですよね。

 あの、手前は「四人」であれ「二十人余り」であれ、その中から多聞を選んだのは秋山で間違いないと確信してます。三沢が多聞を選ぶとはとても思えないですから。もし三沢が選んだとしたら「ゴメンナサイ」というより他無いですけど。
 もう一つついでに言うと、三沢が最初に秋山への挑戦者として考えたのはおそらく高山だと思うんですよね。もし秋山に「トップクラスじゃなくて中堅を底上げしてくれ」と言われたとしても、三沢が選ぶのはたぶん井上雅央か小川良成です。手前だったら佐野巧真にしますけど。

 秋山が多聞を選ぶ理由はもう一つ。まぁオフレコではない通常のコメントでも言ってましたけど、やっぱり「アマレスへの思い入れ」じゃないかと思うんですよね。秋山が専修大学のレスリング部で汗を流してた頃、多聞は日本アマレス界の「天皇」と呼ばれてたわけじゃないですか。秋山は、多聞が入団したときから「もしオレがチャンピオンになって、そのときに本田さんとタイトルマッチができたら…」と夢に見てたんじゃないかと。

 手前はそんな秋山に、かつて全日本のリングで、自分のルーツである競技でトップに立った男である「輪島大士」に、とにかく容赦の無い攻撃を叩き込んでいた男の影が見てとれます。奇しくも、秋山は「いまのオレらの戦いのルーツは”あの人”にあると思う」とも言っています。

 本稿のタイトルは、そんなことを考えながらつけました。

 が、しかし。先週号を出した時点で、賢明な読者の方から「平成もなにも、天龍革命って始まったのは確かに昭和だけど、期間としては圧倒的に平成のほうが長いんですけど……」というありがたいご指摘を頂いてしまいました。ファン暦がそんなに長いわけでもないのに、見栄を張るもんじゃないですね。

 そいではまた来週。





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