地味だけど、珠玉のドキュメンタリー作品「Inside Pro Wrestling School」
■投稿日時:2001年9月6日
■書き手:ひねリン(名前をクリックするとプロフィールの欄に飛びます)

RAWレビューをさぼりまくってるひねリンです。今回もRAWは脇において、「Inside Pro Wrestling School」というヴィデオの紹介をしようと思います。これは去年大手ケーブル局のDiscovery Channel で放送され、好評を博した番組のヴィデオ版。南カリフォルニアにあるWWFの下位リーグ団体、UPW所属のプロレス学校、Ultimate University に集まるレスラーの卵と関係者達の生きざまを追った珠玉のドキュメントです。前にもちょっと触れたことがあるけど、UPWという団体は、セルフ・シュート活字というか、とにかく情報公開志向の強い団体で、自分のページで(試合を含めた)興行のシナリオを公開したり、その作り方を説明したりしています。今度新しく始まるローカル中継も、裏舞台の説明も取り入れて従来とは一線を画した番組にすると予告している。日本でいうプロレス団体というイメージより、「メイキング・オブ」の制作に力を入れている劇団(兼演劇学校)と考えるほうがしっくり来ます。このヴィデオにも、そんなUPWの方向性が良く出ています。

このプロレスブーム(まあピークは過ぎたにしても)のアメリカで、WWFとの親密な関係のおかげもあり、Ultimate Universityの人気は大変なものです。番組冒頭のナレーションによると、月に数百人の入学希望があり、書類選考の結果オーディション(「入門テスト」ではなく)に呼ばれるのは数人。さらにそこから入学して、痛い思いをしながら学び、UPWのリングに上がれる確率はさらに低い(そんな選ばれた者だけが上がれるUPWの興行をこの目で観たけど、本当にレベルが高かった)。それでもって、その中で特に優秀な者だけが、UPWを定期的に視察に来るWWFのスカウトの目に止まって契約をオファーされます。UPWは今まで十数人のWWFとの契約者を出したことが自慢。しかし、その中で一時期でも一軍に定着してRAWやSMACKDOWNのレギュラーとなれた選手を俺はまだ知りません。このヴィデオが描くのは、そんなとてつもなくハードな夢を追いかける若者達の姿なんです。

題名は「Inside Pro Wrestling School」だけど、このヴィデオが見せてくれるのは Ultimate University における練習風景だけではありません。むしろ学校で毎日過酷な練習をこなしているレスラー達が、仲間達やスタッフのサポートを受けてUPWマットでデビューして、一人前の選手に成長していったり、夢半ばで挫折していったりする姿を追うことに重点が置かれています。当然、試合前のリング上での対戦相手同士のリハーサルや、試合後の控え室での反省会などの裏のシーンも満載です。ただ、こういうバックステージの紹介は現在の米国のプロレスドキュメンタリーものでは当たり前のことなので、それ自体に価値があるわけでもないと思う。このヴィデオがいいのは、そういう裏のシーンの描写を通して、プロレスに真摯に取り組む選手や関係者達の姿が伝わってくるところです。

特にこの作品で力を入れて紹介されている学校の優等生は、現在UPWで一番人気の女子レスラー、ルーニー・レーンと、最近WWFとの契約を得て、地元のニュース番組でも特集されるなど、UPWの出世頭のプロトタイプ。このヴィデオを見ると、ハンチラチアリーダーキャラのルーニーは素顔もほとんどそのままの明るい女の子で、ディック・フライに良く似た風貌の狂暴サイボーグキャラのプロトタイプは、キャラとは正反対の真面目な兄ちゃんであることが良く分かります。また、二人ともプロレスに懸ける思いはすごく真摯であることも。まあ、今はまだ二人のことを知らない方がほとんどだろうけど、両者とも今後、WWF一軍に上がって来る可能性を十分秘めた選手です。そうなったらこのヴィデオの価値もぐんと上がるんだけど。

彼らのように順調に伸びて行く生徒もいれば、そうでない生徒のこともこの作品は触れます。例えば、マット・ホールという陽気な大型レスラーのエピソード。金髪に髭をたくわえた彼は元NHB戦士だそうです(もっともネット上の記録を調べた限り、メジャーなNHB大会の経験は彼にはないみたい。その代わり柔術でいくらかの成績を残してる)。プロレス入りの理由をこう語ります。

「俺は7年間NHBをやったけど、トイザラスに俺のフィギュアなんかありゃしねえ。でもプロレスラーはみんなヴィデオゲームのキャラやフィギュアになってるだろ・・・はじめてのプロレスの試合をしたあと、俺は今までNHBのキャリアを通してしてきたサインの10倍の量を書いたよ。」

ホールは「サイコ(Cyco)」という、まあ今のDDPのキャラに近いような狂人キャラをうまく演じています。また持ち前の運動能力もあって、Ultimate Universityでのお披露目会を視察に来たWWFスカウトはサイコをベタ褒め。彼のトイザラスの夢は一気に近づいたように見えました。

しかし数週間後、その夢は突然霧散します。彼は喧嘩を仕掛けてきた相手をブチのめして逮捕され、柔術をやってるため人間凶器とみなされたのも響き、2005年までシャバで働くことはできなくなってしまうんです。Ultimate University 校長でUPW主宰のリック・バスマンの

「あいつは本当にプロレスに集中しようとしてた。あいつの両親もフィアンセも、プロレスのトレーニングを始めてからマットは変わったと言ってたのに・・・」

という無念そうなコメントを最後に、ホールの姿はこの作品から消えます。

また、夢を追う若手レスラーではないけど、このヴィデオでは日本でもおなじみのトム・ハワードがいま一人の主役級の扱いをされていて、要所要所で彼の言葉が挿入されています。これが、彼の穏やかな人柄がにじみ出ていてすごくいい(ゼロワンでのハワードを気に入った人は、このヴィデオを観れば、きっと彼のことをさらに好きになります)。作品冒頭でハワードは、WWFと試験契約中だけど、遠征に出てないときは常にUltimate Universityで教えている主任コーチとして登場します。事実、彼は生徒やスタッフが全幅の信頼を置く先生。基本から応用までプロレスのあらゆるムーブを、ジョークも交えながら分かりやすく説明&実演します。そのうち作品の半ばでは、WWFの遠征ロードのハードさを体験して、自分に本当に必要なものはなんなのか考えはじめるハワードの姿が。やがて契約終了の時期が近づき、彼はWWFスタッフから契約更新の意思はないことを告げられる。この職業を続けるべきかどうか、さらに悩みながら、WWFのスカウトの前で自分の教え子達をプッシュするための試合をこなすハワード。
試合後彼は言う。

「この仕事をやめられればなと、ほんとに思う。でも今までもそうしようとして、いつも戻ってきた。中毒みたいなもんなんだ。たぶん10年後も、僕はこれをやっていると思う。」

しかしその後思いがけないことが・・・これは、一応このヴィデオのクライマックスなので書かないことにします。そんなハワードの現在の活躍は、みなさんご存じのとおり。

いろいろ書いてきたけど結論として、このヴィデオは素材はマイナーだし、「ヒットマン」や「ビヨンド」みたいな圧倒的なインパクトもなく淡々としてるけど、個人的には断然オススメです。たった50分ほどの作品だけど、密度は濃いです。この文章じゃ全然触れられなかったけど、レスラー達の人間性がいい感じで描かれていること以外にも、プロレスをもっと分かるためのいろんな情報が詰まっています。アメプロは学校でどのように教えられているのか? レスラー達は何を注意して練習したり、日々のトレーニングを行ったり、自分のキャラを作っているのか? マイクアピールで気を付けることは何か? 試合でやってはいけないのはどういう行為か? WWFスカウトは、選手のどんな面を見てるのか? などなど。またこの作品全体が、UPWという、おそらく今アメリカで最も勢いのあるインディ団体が成長していく姿のドキュメントにもなっています。

ただ、情報の密度が濃い分、英語力があったほうがより楽しめるのも確かです。キャプション付かないし。かく言う俺も自分のプアーな聞き取り能力のおかげで、理解できない箇所があって悔しい思いをしてたりします。日本のどっかの局が字幕付きで放送してくれるなり、ヴィデオ発売するなりしてくれれば最高なんだけど。英語版はアマゾンコム等ですぐに買えます。





本稿の著作権はすべてKANSENKI.NET及び「書き手」に帰属します。

戻る
TOPへ