ビルマの少数民族・カチン族のNHB技術
■投稿日時:2001年3月27日
■書き手:ひねリン(名前をクリックするとプロフィールの欄に飛びます)

(1)はじめに

最近ちょっと格闘技史関係の英語サイトを見回っていたら、すごく興味深いものが見つかったんで紹介します。前号の格通に、ビルマ(ミャンマー)の首都ラングーンでNHB大会が開催されたってニュースが載ってたけど、そのビルマの北に居住する少数民族カチン族の格闘術ってのがあるらしい。カチン族の血を引き、その格闘術の正式継承者でもある米在住のフィル・ダンラップさんは、アメリカでスクールを主催しているとのこと(フィルさんのサイト http://www.afs.f2s.com/)。その彼はかつてUGフォーラムに自分の格闘術の技術と歴史の詳細な説明を投稿したことがあって、その内容はまとめて別の格闘技サイトに保存されている。(http://stickgrappler.tripod.com/bando/bando.html

そのあたりをざっとみたところ、このカチン族格闘術では、我々が現在言うところのNHB、つまり素手vs素手、一対一格闘の技術が相当発達していて、BJJとほとんど変わらないような(上から殴るための)ポジショニングの概念や、各種サブミッション、さらにすごく練られた噛みつき(及びそれに対するディフェンス)の技術体系も持っている。彼らはどうやら(部族内で?)ムエカッチューア(ビルマの素手のムエタイ)に加えて、NHB的な競技もやってたらしい。

ビルマっていうと、英国や日本の植民地時代から混乱状況が続いていて、今でも国軍が各少数民族の強制ビルマ人化を行っていて、国による人権侵害がまかり通っていて国際的な問題になっている地域。カチン族の人々も、自民族のアイデンティティを強く持ち、自分達をビルマ人だとは考えたがらない傾向があるらしい。ちなみに「カチン」という名称自体、野蛮人という意味で、ビルマ人が彼らをそう呼んでいるだけ。彼らは自分たちをJingapaw (単純に「人」の意)と呼ぶ。独自の言語を持ち(文字は持っていない)、伝統的にアミニスム信仰を持っていて、最後まで首狩りの風習を守ろうとした一族でもあるそう。彼らはもともとタタール人の末裔で、チベットの方から東南アジアに南下してきた。

第二次世界対戦前に、フィルさんのおじいさんは一族の血統の正当継承者となった。その後おじいさんはアメリカに移住、彼らの格闘技術はおじいさんからフィルさんへと伝わったものらしい(昔から血統を継承する家族のメンバーは、部族内でもっとも強い者となるため、この格闘技術を学んだとのこと)。だから、フィルさん自身がビルマのカチン族内でこの格闘技術を身につけたわけではない。ビルマの他の民族にもいろいろ格闘術はあったんだけど、第二次大戦で多くの戦士が死んで壊滅的な状況になったらしい。フィルさんは「多くのBandoの偉大なる実践者達が第二次大戦で死んだ」と書いている。バンドーっていうのは、ビルマで格闘技一般をさす言葉らしい。あれ、あのラジャライオンも「バンドー空手」じゃなかったっけ?彼はパキスタン人じゃなかったかな? まあいいか。とにかく、カチン族はたまたまジャングルの辺境地域で比較的隔離されて住んでたから、格闘術も保存されたとのこと。ビルマの別の部族の格闘技は、ほかにもいくつか伝えられている。アメリカのGyi教授主催のABA(American Bando Association) もそのひとつ。

なんか話があまりにうまく出来すぎていて、しかも歴史の中で葬られそうになりつつも生き延びた古来からの秘技の正当継承者だとかいう話は、ほとんど某ホリベイにそっくりなので「この人の言ってること本当に信頼できるの?ただのでっちあげのホラ話かもしれないじゃん?」と思う人もいるかもしれないけど、俺は基本的にはフィルさんは嘘をついてないような気がする。彼の投稿にちょっと書かれている先祖から伝わった歴史の記述(書き言葉がないんで口承で伝えられる、いわゆるオーラルヒストリー)は説得力があるし、列強による植民地化と民族の関係の話なども、史実に照らしてもそうおかしくはなさそう(自信なし)。日本語ネットで調べられるビルマ情報とかを見ても、アミニスム信仰の少数民族「カチン族」というのは確かに存在する。後述する彼の格闘技術体系も、まあけっこう説得力があると思う。実際彼は、アメリカで生徒も持っているし、セミナーも行っているし、技術ヴィデオも制作して自分のサイトで売っている。フィルさん自身NHB系の選手たちと交流スパーもするらしいし、グラップリングの試合にも出るらしい(すごく強いという評判はないらしい)。それから、彼のかつての生徒の一人がライオンズデンの入門テストに受かった、なんて話も。

前フリ長くなっちゃったけど、以下このカチン族格闘術についてのフィルさんの膨大かつ細かい説明の、特に興味深いところをピックアップして紹介します。ていうか、実は俺も全部細かくは読んでないんですよ。分量むちゃ多いし、技術って、文字の説明読んでも分かりにくいし。さらに興味を持った方は、ご自分で確かめて下さい。彼はメールも公開してますよ。

(2)技術体系

このカチン族格闘術そのものには特に名前がないらしく、フィルさんは「カチン族のアート」とか「我々のアート」という表現をしてます。カチン族がアミニスム信仰を持っているため、格闘のスタイルにも動物の名前がつけられている。力で相手を圧倒するでかい人間用のスタイルは「雄牛」、スピードで中に入ってインサイドから攻めるスタイルは「雄豚」と言った具合に。16の動物の名前の付いたスタイルがあり、これは「個人が一つのシステムに適応するべきではなく、各個人が、自分に適したシステムを選ぶべき」という思想に基づいている。

技術体系には、スタンディング技術(パンチ、蹴り、肘、膝、頭付き等)とグラウンド技術(チョーク、関節技、噛みつき等を含む)に加え、相手をつけて後ろから急襲したり、武器を用いた技もある。最初の5年は、みんなムエタイに似たスタンディングを学び、初心者用の試合に出て、さらに上達すれば素手のルール(ムエカッチューア?)にも出る。グラウンドを交えた総合体系を学ぶのはその後、とのこと。もちろん競技に使えない技術が多いんだけど、競技に出ることも戦士として自分を高めるために奨励される。かつては(部族内で?)一対一のノールール的な競技(噛みつき以外なんでもあり)も行われていたらしい。他のビルマの格闘技と同じく砂で作られた円のなかで行われるのだそう(フィルさんは今もアメリカで、生徒達とNHBのスパーリングを常にやっているという)。だからこの格闘技術は、格闘技を知らない相手を制するというより、それに熟練した相手を制することに重きが置かれている。

フィルさんの投稿にはあまりスタンディング技術についての記述はないんだけど、まあ前述のようにムエタイ(の古いスタイル)に似たものらしい。で、グラウンドなんだけど、これが相当BJJのコンセプトに似ている。グラウンドではまず相手をコントロールするためことが大事で、そこから関節技や打撃や噛みつき目潰し等の攻撃につなげられる。悪いポジションを取られたときには、それらの攻撃をとにかく受けないことが最優先となる、、、など。グラウンドは常に他の技術と組み合わさって存在するものであって、「グラップリングのみ」っていう考えは存在しない。このへんはスポーツBJJより武道してますね。

ポジショニングもマウント、ガード、サイドマウント(横四方)、上四方などBJJに似たものが多い。で、それらの体勢に入られたときに、いかにそれを崩すか(ガードに持ち込まれたらパスを狙うとか)というのが重要なのも似ている。ガードポジションで、相手を抱え込みつつ頭突きを防ぐため片手を自分と相手の頭の間に入れる形なんて、BJJでも教えられているVT用基本ガードと全く同じです(あ、BJJの知識に関しては俺も一応現役青帯なので、ある程度は信頼してくれていいです。っても「アメリカ製青帯」だから全然たいしたことないけど)。

でもそれそれの基本型に微妙な違いはあるし、BJJではそんなに見られない相手の制し方もあります。サブミッションに入る過程や、パスの仕方にも違いがあるみたいです(正直俺も全部は読んでないんです)。フィルさんも、読者のほとんどがBJJを知ってることを念頭において、違い等を説明している。また、BJJにないコンセプトとして、相手の体のseams(つなぎ目?)を制するべし、というのがある。特に首、肩、ワキ、腰等の主要なseamsを制すれば制するほど、有利なポジションが取れるというのを意識するのが重要らしい。

(3)噛みつき

それよりなにより、このカチン族の格闘術でとにかく驚くのは「噛みつき」とその防御法に関する術の発達具合です。フィルさんも「カチン族のシステムは、噛みつきをそれ自身アートと言えるレベルにまで高めている」と書いている。彼は「グラウンドにおいての噛みつき技術」に限って説明をしているんだけど、それでも顔、首、胴、腕、下半身等の各部における噛みつき法のポイントを細かく書いています。

相手の噛みつきを防ぐ基本としては、相手にスペースを与えないようにグラウンドでは常に相手の頭や首に接していること、または相手の顎のラインに沿って体重を預けることが大事だそうです。また、相手が噛みつこうと口を開けて近づいてきたら、その相手の頭を自分の体に思いきり押し付けて、相手が口を閉じることが出来ないようにすること。

また、相手に噛みつくときには、常に暖かくて塩辛い味が口の中に広がるのを覚悟しなくてはならない。特に鼻とかに噛みつけば、ちぎれた相手の肉が自分の口に入る。噛みつきの痛みそのものより、噛み千切られたというショックが相手に与える心理的ダメージのほうがでかい。だから、どこかの部分を噛み千切ったら、それを相手の目の前で吐き出して見せ、口に血がたまったら、それを相手に吹きかけるべし。そうすれば相手のショックも増大する、とのこと。

顔で噛みつきやすいのは、なんといっても耳と鼻。血の出る量も凄いそうだ。鼻に噛みつけば、相手の呼吸も奪える。ほおも噛みつき易い。上下のあごの継ぎ目の当たりを噛んで、下のほうに肉を引き剥がすことが出来る。首だったら、のどぼとけ、頚動脈、頚静脈を狙えば致命傷を与えることができる。

胴に噛みつくのは、相手のポジショニングやサブミッションから逃げるのに最適。

腕への噛みつきは、簡単だし、武器を使って来る相手にも有効。また、相手のディフェンスが固くて腕関節を取れないときにも、噛みついてから取ることができる。また、相手が自分の顔に手をかけてきたときにも、噛みついて相手の手をロックして、十字等へのセットアップに使うことが出来る。ただし臼歯で噛むと逆に相手の骨を砕いちゃって手を取り逃すことになる。(さすがにこの辺りは、本人が実践したわけではなく、伝えられた教えを書いているだけだろうから説得力は???ですね。でもフィルさん、相手を壊さない程度の噛みつきは常にスパーでやってるらしい。生徒の証言もある。まあかつてはホリベイもスパーでは迅速の連続急所攻撃で生徒に恐れられてたとか言われていたので、だから信用できるってもんでもないけど)

あと股間への噛みつき。男同士で練習するのは抵抗あるだろうけど、単に人体の一部分と思ってやるべし。当然狙いはちんこと金玉。股間への噛みつきの可能性を考慮することで、上四方の抑えかた、サイドポジションを取られたときの対処なども全然変わってくる。

、、、などなど、彼はもっと細かく、どの部分に神経があって噛みつくのに有効だとかいろいろ書いてます。いや、俺のほうも書いてて疲れちゃいました。英語の解釈とかいいかげんになってたらすみません。正直分からない箇所もあったし。

(4)おわりに

いや、とにかくそんな感じで、フィルさんの言葉を信じるなら、ブラジルのVTや、以前のコラムで紹介したアメリカの開拓者時代のNHB、古代ギリシャのパンクラチオンの他にも、NHB形式の競技が行われていたところはあるようですね。しかもそれにかなり即した技術体系も発達していた、と。しかし、格闘技ってフィルターを通すと、ビルマの少数民族なんていう、普通に暮らしてたらまず知ることのない人々の話が我々に興味深く見えちゃうのもおもしろいもんですね。このフィルさんの投稿は、本当に少数にしか伝えられていない、文字を持たない人々の文化と歴史の内容を明らかにした、オーラルヒストリー(口承史)の史料としてもけっこう価値があるかもと思う。そういうもんが、あろうことか(失礼)UGフォーラムに転がってて、それを俺みたいな物好きが日本語で紹介したりする。ネットは万能でも公平でもないけど、ネットを使うと、今までごく一部だけで語り継がれていた声や記憶が届く範囲がぐんと広がるってことはあるんですね。しかも予測不可能な軌跡で。そういうプロセスに自分も微力ながら加わっていると考えると、俺はちょっと楽しくなります。





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