シュート活字的実験
■投稿日時:2001年2月9日
■書き手:つきかげ (ex:戎克庭園

相撲の起源とされているのは、野見宿禰と当麻蹴速の決闘であるとされている。これ
をシュート活字的に読み解くということをやってみたい。つまり、野見宿禰と当麻蹴
速の決闘のブックを考察したいと考えている。まず、日本書紀上の記述を見てみたい。

垂仁天皇、七年秋七月、乙亥(七日)左右奏して言さく、
当麻邑に勇悍の士有り、当麻蹴速と日ふ。 其の人と為
り強力して能く角を毀き釣を申ぶ。恒に衆中に語りて曰く、
四方に於て之を求むるに、豈我力に比ぶる者有らむや。
何で強力者に遇ひ而て死生を期せず、頓に争力を得むや。
天皇、聞きて群卿に詔して曰く、朕聞く当麻蹴速は天下の
力士なり、若し此人に比ふ人有るや。
一の臣進みて曰わく、臣間く、出雲国に勇士有り、野見
宿禰と曰う、試みにを是人を召して蹴速に当らしめんと欲う
と。
即日、倭直の祖長尾市を遣して野見宿禰を喚す、是に於て
野見宿禰出雲より至れり。
即ち当麻蹴速と野見宿禰とに力比べせしむ。二人相対いて
立ち各々足を挙げて相蹴む。
即ち当麻の脇骨を蹴折き、亦其の腰を折きて之を殺す。
故に当麻蹴速の地を奪りて、悉く野見宿禰に賜う。
是を以て其の邑に腰折田有る縁なり。

野見宿禰は、当麻蹴速を腰の骨を蹴り砕くことによって、殺したとされている。敗者
が殺されたことによってこの決闘が真剣勝負であり死合いである(つまり予め勝者が
決定されていない戦い)という結論に達するのは短絡的であると思う。当時は天皇の
死と同時に大量の人間が生け贄として殺されていたのであるし、祝祭のようなハレの
場で死を与えることはむしろ誉れであったかもしれない。
つまり、敗者が死んでいるということはワークが行われなかったということを証明す
る理由にはならないと考えている。例えば、フレイザーの金枝編を思い出してほしい。
古き司祭はその後を嗣ぐ司祭によって殺されることになる。世界は司祭の死によって
始源の時を迎え、カオスの中から再び創造のプロセスをなぞることによって世界が再
び立ち上がる。
古き司祭が殺されるという行為は、祝祭の中で象徴的意味を付与される。その殺し合
いは「戦闘」ではなく、祝祭というプロセスの中での「儀式」であったはずだ。神話
が実存的に生きられていた時代とは死が祝祭の中で昇華される供犠的世界であったと
考えられる。
祝祭において大量の血が流される。それは、生の豊穣を現出させるための行為であっ
たろうし、始源のカオスの時を召還するための行為でもあったと思う。
再び野見宿禰と当麻蹴速の決闘に話を戻す。この二人の決闘は、天皇の御前試合であ
ったということになる。そこになんらかのブックが存在したというのは、当然であっ
たと思われる。天皇の前で行われる以上それは政治的儀式であると同時に、祝祭的行
為であるのは確実であろう。天皇に捧げるのであれば、死という穢れも聖なるものへ
と転化される。その決闘にワークが行われたのは当麻蹴速の死がワークであることを
含めを含め当然だと思われる。つまり、この決闘ははじめから野見宿禰が当麻蹴速を
殺すということになっていたということだ。問題はそのブックがどのようなものであ
ったかだと思う。
野見宿禰は出雲の人間とされている。一方当麻蹴速は当麻邑とされている。当麻邑と
は奈良県の北葛城らしい。それは大和朝廷の勢力内であっただろう。
出雲というのは大国主神が主催する地である。大国主神とはいわゆる国津神系の神に
なる。一方大和朝廷は当然天津神の主催する世界であると考えて間違いない。天皇自
体が天津神系の神の子孫である。
古事記の中には天津神系の建御雷之男神が国譲りの神話の中で、国津神系の建御名方
神を力比べで負かせるという挿話がある。単純に神話の再現であるのなら、天津神系
の支配下にあると思われる当麻蹴速は負けてはいけなかったはずだ。
野見宿禰はこの決闘の後に大和朝廷の支配下に組み込まれ、土器を使う技術(おらく
大陸から伝来してきた技術を保持していたものと思われる)を認められ「土師(はじ)」
の姓を与えられたという。当時そうした技能を持ったものはある種の秘教的技能集団
を形成していたものと考えられるため、野見宿禰はそうした技能集団に属していた者
と思われる。
大和朝廷は、自らの支配下に秘教的技能集団を組み込みたいと考えていたのではない
だろうか。神話が現実の対立をある程度反映したものと考えるならば、大和朝廷の勢
力と、出雲の勢力という一応支配関係は明確にはなっているものの、ある種の緊張関
係を孕んだ二大勢力が存在していた。大和朝廷よりも地理的に大陸に近い出雲には、
秘教的技能集団が豊富に存在した。そうした者たちを支配下に組み込むために、ある
種の儀式として野見宿禰と当麻蹴速の決闘というブックが組まれたと思われる。
そう考えると、野見宿禰が勝つことは必然となる。というより出雲の国津神的儀式に
のっとった結果、当麻蹴速が供犠にかけられたというべきであろう。
言語学者の大野晋氏は、「カミ」のミと「ワダツミ」のミが異なるという理由から二
つの信仰が古代日本には存在したと想定している。カミのミは「恐るべきもの」「支
配するもの」という意味を持ち、「ワダツミ」のミはオロチのチ、イカヅチのチに繋
がる、つまり自然界に存在する力を顕わす、ある種の精霊を意味する語としている。
カミのミが恐るべき支配する存在であるのならば、それは天津神につながるものと考
えられる。そして、自然の精霊たちは国津神への信仰へと繋がるのであろう。国津神
はそうした土着のアニミズム的力と密接に関係している。秘教的技能集団というのは、
自然界に存在する力を加工し取り入れ利用する集団ともいえる。そうしたアニミズム
的信仰は供犠において流される血と密接な関係にある。北村昌士氏は地と血が同じ発
音であることは偶然ではないと指摘する。チは前述のように精霊を顕わす言葉でもあ
る。
国津神への信仰を持つと思われる野見宿禰を支配下におくため、天皇が国津神系の儀
式として供犠を行い生け贄を捧げる祝祭を行ったとしても不思議はないと思われる。
つまり大和朝廷が象徴的に国津神系の祝祭的儀式を主催することによって、野見宿禰
及び彼の属する秘教的技能集団に敬意を表したということ。これは天津神系の天皇は
当然あから様に行えることではないため、格闘技というかたちで象徴的に為されねば
ならなかった。これが、相撲の起源の背後に存在したブックではないかと想像される。
しかし、シュート活字的にはこれでは充分な説明が為されたとは思っていない。シュ
ート活字は真実を射抜くものでなければならないと思っている。ブックとは真実とは
いえない。それはむしろ「構造」である。
真実とはカントの「物自体界」のように言い当てることは不可能であるともいえる。
とすれば、その真実を我々が共有しうるという事実から人間存在が共有可能であるよ
うなところの基本的な思考を「構造」として抽出することも可能である。
つまり、真実を言い当てるのではなく、人間が共有する思考形式(具体的によく例と
してあげられるのが、数学である。いわゆる構造主義にしてもブルバキの数学におけ
る集合理論に基づいたものであることはよく知られている)がどのような「構造」を
持つかについて語る。これがブックについて語るという行為であり、これは「知的ゲ
ーム」でもなんでもなく、真実を照射しているとはいえない。シュート活字的に語る
のであれば、ブックを超えて真実の眩き光臨を直視しなければならない。
真実はどこにあるのだろうか。プロレスの真実はあくまでもプロレスを行う現場、つ
まりリングの上にしか存在しないと考えている。例えば、祝祭を言語で語ることはで
きる。しかし、それはその祝祭がどのように生きられていたのかを語ることでは無い。
祝祭を生きるというのは、その祝祭の中で神と一体化するような陶酔、原初的世界の
中での惑乱、狂気に類比されるような幻視などを全て体感するということである。そ
れを為して始めて真実という傲慢で狂乱する暗黒の太陽を直視したということができ
る。
プロレスの真実を語るのであれば、プロレスの現場を生きなければならない。
そこにしか真実はない。
野見宿禰と当麻蹴速の決闘にしても、そこにいたるブックは真実とはいえない。その
決闘の現場には戦うものの熱狂と陶酔、最後に死が降臨した時は混沌と全てが一体化
したような始源の時の再臨があったはずである。それが、天津神系の信仰を持つ天皇
の現前でなされ、いうなれば抑圧的制度としての神話体系を持つものたちの目前で自
然の精霊を呼び覚ます儀式が実行されたという、その瞬間の戦慄、嫌悪、恐怖といっ
たものを含めそこに存在した混然とした感情の総体を幻視してはじめて、シュート活
字というべきなのであろう。ブックとは真実というその戦慄的場を生き、体感すると
いう行為に辿り着くための道しるべであり、我々はブックに導かれ真実という超越的
であり象徴的である混沌から世界が生成される現場へ辿り着く。
野見宿禰と当麻蹴速の決闘は天皇の邪悪な眼差しの下でなお、不滅の光臨を放ったの
であろう。それは、支配するものと支配されるものの関係にありながら、つまり精霊
たちへの信仰を捨て、抑圧的制度の配下に組み込まれようとしながらも、最後に放っ
た魔術的閃光が格闘技であり、この相撲の起源はブックに基づいて行われるプロレス
というものの本質をついている。
つまり、野見宿禰と当麻蹴速の決闘はほんの一瞬、真実を幻視させた。抑圧的制度下
にある者たちに。その事実こそシュート活字的真実だと思う。





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