ルートヴィヒ二世とアントニオ猪木
■投稿日時:2001年2月4日
■書き手:Mr.Liar

俺は以前からプロレスラーと他のジャンルの有名人との関連性を模索することが好き
である。中でもローリングストーンズと天龍源一郎の類似性はかなりかちっとはまって
自分でも満足できる内容であったし、周りの反応も悪くなかった。
ストーンズと天龍以外でこういう組み合わせを模索してみたがなかなか自分なりに
納得できる組み合わせができなかったのであるが俺としてはある歴史上の有名人をプロ
レスラーの誰かに関連させて語ってみたいという願望を持っていた。その人物とはドイツ
の新白鳥城の建設した人物であるルートヴィヒ二世である。この人の存在はかなりプロレス
ラーしているので絶対にいつか機会があったら取り上げようとは思っていたが、如何せんか
なりマニアックな人物なのでなかなか取り上げられそうな媒体が見つからないでいたのだが
、ここなら思いっきり読み手のことを考えずに自分の好きなように書けると思って、彼の
こととプロレスを関連づけて論じて見る気になった。

なじみのない人がほとんどだと思うので、ここで簡単に彼がどういう人物かということを紹介
しておきたい。
ルートヴィヒ二世は1845年にミュンヘンで生まれている。彼はバイエルン国王としての権力
を最大限に使い、王室財政を破綻に追い込んだ程財力を傾けて新白鳥城を造った。彼はロマン主義
音楽の巨匠ワーグナーの作品「ローエングリーン」を見て以来、中世に対する憧れを抱き始め、王
になったとたん独断でそのワーグナーを自分の元に呼び寄せ、ワーグナーの音楽活動を保護し彼に対
する強い影響もあって実際にワーグナーの作品である「ローエングリン」「ニュールンベルク」に
でてくるような夢物語のような空間を作りだそうと思い立ち、新白鳥城の建設に乗り出すのである。
王のこの城にかける築城熱は半端ではなく王がが気に入らなければ何度もやり直しが命じられ、また
バイエルンの国家財政はおろか王室費全てを投資し、それでも足りなければ工事費をつけに回したり
赤字公債を発行して17年の歳月をかけてこの城を完成させた。この城の建設だけで300億円ぐらい
費用が掛かっていたのにこの王はまださらに他の城の建設を薦めようとした。
これだけでも、この王様はただ者ではないことは断定できるが、彼が変人であることを裏付ける話はこ
れだけではないのだ。まず、彼は本来、国王であるのだからその職務を全うする義務があるのだが、彼は
その義務をまったくはたそうとせず、彼のお気に入りであるアルプスから一歩も外に出ようとしなかった
こと。そして、同性愛者であったこと。ワーグナーともそういう関係だったと噂されているし、きちんと
王妃との婚約を直前で一方的に解消してしまったのも異性にまったく興味がもてなかったからだという。
それに昼と夜がまったく逆転していた生活を送ってた。
そんな身勝手な王様であるから王の側近も愛想をつかして当然である。案の定バイエルンの首相であった
ルッツがそんなルートヴィヒ二世に愛想を尽かし、王追放計画を企てるのである。

「国王は思い精神病に掛かっている」というデマを流し、王の甥を摂政にしようとした。
憲法では大臣の罷免権は王にあり、まかり間違えば反逆罪で逮捕される危険のある計画であった。
ルッツは偽の診断書を作成し、王をパラノイア扱いしその身柄を拘束しようとした。
王の側近があまりにも無能者ばかりだったこともあってルッツの目論見は思い通りに運んだ。
その直後、王は変死体となって発見される。
真相は今も闇の中だ。自殺説、他殺説と様々な憶測が飛び交っている。ちなみにこの出来事は
日本の文豪、森鴎外も自身の作品で取り上げている。

これだけでもいかにルートヴィヒ二世というのが世俗離れしている人物だったかというのが
お解りいただけると思う。存在そのものはオールシュートなのだがどこまでもワークな世界
を追求しきったということで実にプロレスラー的な人物だと俺は彼を捉えている。
俺は多くのプロレスファンに彼のことを伝えたいのだ。

何人かと照らし合わせてみた。最初はSWSの田中社長がかなりいい線いっていた。
自分の好きな対象に大金を出すというところまではいいのだが田中社長は「損益分岐点」が
わかる人であるが、ルートヴィヒ二世の頭の中には損得勘定はまるでなく、自分の好きなもの
ならいくらでもつぎ込む人なので、この関連制はすぐ破綻した。

結局いろいろ考えたが、ルートヴイヒ二世に一番しっくりくるのはアントニオ猪木である
ということに自分なりに落ち着いた。身勝手な計画に他の人をつきあわすこと。しかも金
にいとめをつけないこと。自分の好きな場所に長期に居座ること。クーデターによって失脚したこと。
まるで猪木イズムそのものである。
さらにルッツ首相を長州力、ワーグナーを小川直也と置き換えれば、いっそう鮮明となろう。
また王の悲願であったドイツ再統一は王の抗争だけが先走りしていたことでも猪木のIWGP抗争
そのものだし、プロイセンの宰相ビスマルクはジャイアント馬場的存在だ。
まさしく猪木イズム全開である。こんな愉快な人が大昔に実在していたのだ。
はたして猪木もルートヴィヒ二世のように非業の死を遂げるのか。

建設当時、様々な非難を浴び、国家財政を破綻させた新白鳥城は皮肉なことに現在では
バイエルン州の貴重な収入源となる程の入場者数を誇っている。おそらく彼はそんなこと
微塵も意識せずに本能の赴くまま行動したに過ぎないのだろうが結果的に次世代へ最高の
贈り物を残した。
我らがアントニオ猪木もおそらくというか間違いなく、そんなこと意識してないだろうが、
彼の築き上げたものはやはり次世代に残っていくものであるような気がする。

天才と馬鹿は紙一重とはよく言ったものだ。
ルートヴィヒ二世とアントニオ猪木。
彼らはまさしく、その境界線を行き来し続けた人物である。
どんな時代でも天才が受けいられるには時間のかかるものである。時代が徒党を組んで
猪木を抹殺しようとも彼の足跡は間違いなく何らかの形で残っているであろう。





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