究極の格闘技の復活@観戦記ドットネット版
■投稿日時:2000年10月18日
■書き手:ノリリン(名前をクリックするとプロフィールの欄に飛びます)

(※編集者注:本稿をご覧になる前に格・評論家Ω著「最強の格闘技とその影法師達 」をご一読ください)

はじめに

97年、日本格闘ネット黎明期にはこのような考えがはびこっていた。2000年のネット界ではもはやそれは正当性を主張できる代物ではない。しかしネットの外ではそれは今も変わらない。検討されないままNHBのコピーのみが今も往々にしてまかり通っている。

「いずれにしても格闘技の原形とは『生身の人間の最も原始的な闘争の形』であったのだと私は考える。(中略)私にとっての現代格闘技とは、『初めにルールありき』という単なるスポーツとは違う『生身の人間の最も原始的な闘争の形』のシミュレーションなのである。」(上村彰著「VTと最強幻想」より)

このような見解は広く行き渡っている。プロレスファンにさえ。いや、もしかしたら猪木のプロレスこそ、その様な人達の見つけた最初の拠り所だったのかも知れない。

いずれにせよ、格・評論家オメガを含めて彼らに共通するのは「人間の歴史の中でもともとノールールの格闘技が実戦の中で生まれ、次第に競技化していくうちにルールで縛られるようになった。勿論原理的にはノールールのものが素晴らしい」と言う思想だ。このように格闘技の原型なるものをノールールの生存競争に求める以上、より制限の少ない格闘技を優れたものと見るのは当然の帰結だ。

しかし、その根拠となる「生身の人間の最も原始的な闘争の形」であるところの格闘技の原型=元始の格闘技=究極の格闘技は現実に存在したのだろうか?したとしてもそれは、究極のノールール戦だったのだろうか?
 

1:元始の格闘技

   有史、有史前に潜り込んで探るその正体

大相撲、モンゴル相撲、ムエタイ、トルコ相撲・・・宗教と格闘技は深く結びつく。
キリスト教原理主義者の雑誌ではことある毎に柔道や空手を背景に異教があると糾弾する。逆に、キリスト教やモスリムと深い関係を持つ格闘技はない。なぜ、格闘技というのは、(キリスト教やモスリム以外の)宗教と深く結びついているのだろう。このことが格闘技の原型と深くかかわり合うのは必然のように思われる。

ギリシャのパンクラチオンはローマに移植されて格闘技としての技術を失い、殺人ショーに堕したと言われる。宗教との結びつきを奪われた格闘技はどうなるのだろう?

ひとっ飛びに人間を離れて見よう。

鹿の角つきや孔雀の羽が広げることのようなセクシャル・ディスプレイ、熊や犬の仔のじゃれあいのような遊びと訓練の混ざったもの。私にはこれが進化論的なスケールでの格闘技の原型に見える。動物達のもつこの格闘技のプロトタイプは、深く大きい暗黙の了解が支配する真の真剣勝負だ。鹿は角で押し合いへし合いをして優劣を決めるが、その様式は優雅に規定されている。子孫をどう残すかに関係があるにも関わらず、どうやら暗黙の了解があるようだ。熊の仔や犬の仔が相手をかみ殺したとか、マウントパンチでKOしたとか言う話は聞かない。詳しくはロレンツを読まれたい。ただし、これを格闘技の原型と断定することはこの稿の目的ではない。

さて、人に戻ろう。

人は道具を使う動物だ。そして遊び、且つものを考える能力を持つ。人同士が生存をかけて闘う場合、または種族の存続をかけて闘う場合、獲物をとる場合、当然武器を使うはずだ。生きるか死ぬかの場合に素手で相手と一対一で闘うなどという発想が有史以前にあったとは到底思えない。そして、有史以降も、ノールールで素手で相手と一対一で闘うという闘い方が、ルールの縛りのある格闘技よりも古くから記載されているという様な事実はない。

それどころか、歴史上登場した時点で、格闘技は明文化されたルール、または非明文のルール(暗黙の了解)を持つ祭事や娯楽であったという事実しか出てこない。考古学上最古の格闘技の記録はイランのカファジェ・ニントウより出土した石板に描かれたレスリングとボクシング。古・中王国時代のエジプトにもレスリングを描いた壁画が見られる。しかし、これらの考古学的資料に現れる格闘技は、祭事的または娯楽的な性格を明らかに示している。中国の格闘技の原型であるとされる角抵も、歴史上の最古の資料では明らかに「神楽」であった。

史記においては徒手格闘技は遊戯の項目に分類されている。人が小さな集落で暮らし、エジプトの古王国や商王朝のような大きな共同体を形成するには至ってなかった歴史以前については想像するしかない。しかし、歴史上の資料との連続性を考えに入れれば、何らかのセクシャルディスプレイ(男らしさを示すもの)や子どもの遊び(訓練)が次第に集落の神に対する奉納の形で特殊化していったものが格闘技の起源だと考えるのが適当だろう。狭い集団・村で主に祭りにおいて神に奉納するものとして、同時に村一番の娯楽として、またはセクシャルディスプレイとして、格闘技は行われたのではないか。だから、多くの民族が固有の格闘技を持つ、または持った。『古代スポーツの展開』(ベマガ社)という本においてはこの過程はスポーツの誕生そのものとされている。

当然、神と村人に対してみせる闘いだから、各ファイターはファイターであるとともに神官でもある。各人のプライドや村の意識・歴史がルールとなる。前文明の時代に明文化されたルールがまず最初にあったなんてことはあり得ないから、まず暗黙の了解ありきだ。

そこで

「暗黙の了解の介在無しに立ち上がる格闘技なんてあり得るのだろうか?」

という命題が正当性を主張する。

ノールールでの命を賭けた闘いが、狭い集団の中で暮らす太古の人間の仲間同士で行われたとは思えない。別の集団の人間と戦うのなら武器を使っただろう。これも、考古学的資料の告げるところだ。もともと、ノールールの素手の1対1の闘いが、今日のような医療レベルにない大昔において、共同体の中で行われたわけがない。また現在の未開民族の例を見ても、多くはなんらかの民族の格闘技を持っているが、それがノールールで素手の闘い、いわゆるVTであるという例は見ない。いや、歴史には語られない形でのノールールで素手の闘いは一つだけあったかも知れない。それは、強姦だ。しかし、それをここで追求するのはよそう。

さて、その後人類の進歩に従って段々集団は大きくなる。強い部落が弱い部落を吸収して支配下に入れたり滅ぼしたりする。当然部落の神も淘汰されて、生き残った神の支配する範囲は広くなる。しかし、依然として古代ギリシャのオリンピックは同じ神話を奉ずる者達が集まって試合を行ったし、古代エジプトのレスリングも、各地の相撲もそうだ。いずれにしても、そこそこ大きくなったとはいえ、共通の神を奉ずる仲間達による神に奉ずる神事としての闘いだから真剣な中にも暗黙の了解や互いを守るためのルールがあったはずだ。少なくとも「勝てばいい」と言うわけはない。
 


2:元始の格闘技の封じ込め

さらに、時代は下る。

ユダヤ・キリスト・モスリム(セム系一神教)共通の神を奉ずる格闘技は何故ないのだろう。旧約聖書ではイスラエルが一晩天使と力比べをしたが、それがセム系一神教の唯一の格闘技のようなものの記録ではないか。これはイスラエル=レスル ア エル(神)=wrestling with shadowsという民族の名付け話になっている。しかしながら、その格闘の様子自身には深い注意は払われていないし、その故事が神楽になっているという話も効かない。また、パンクラチオンはローマに移植されて格闘技としての技術を失い、殺人ショーに堕したのは何故だろう。

それは世界化、世界宗教世界帝国が原因だ、と私は思う。

ローマはギリシャから移植された神話を持っていたが、世界帝国と成長するにつれてローマ以外に住む人間をもローマ帝国市民として受け入れていったから、神話的求心力は低下していった。

神話の持つ求心力がなくなる以上、格闘技はもはや神に奉じられる誇り高き神官の舞ではなくなり、自ら自身に神性を見る帝国市民の慰みものとなった。もはや暗黙の了解を成立させた神・格闘家・村人の一体感はなく、ルールが守られるという暗黙の了解なくしてはルールなどなんの意味もない。闘うのは共同体から選ばれた市民ではない。かくて神話とともにローマに移植されたパンクラチオンは土壌を失い、ただの殺人ショウに堕していく。

エホバが複数形の言葉である以上ユダヤの神も、もとは多神教のうちの一つの氏神として祭られていたものと思われるが、何故かこの神は固有の格闘技を既に失っている。そもそも、肉との関わりを否定する以上格闘技との関係も持ちようがないのかも知れない。

ユダヤ教は世界宗教とは言えないので除くとしても、キリストもモスリムも固有の格闘技を持たない。それは、格闘技が土着の神を讃える神事として発生したのに対し、キリスト教もモスリムも最初から世界宗教となることを指向して誕生した宗教だからじゃないだろうか?キリスト教はユダヤ人以外にユダヤ教を布教することの是非を契機として誕生したと思われる。端から世界宗教指向だ。だから、ギリシャからヒョウ窃した神話ではない新しい神話的求心力として世界帝国化したローマ帝国に受け入れられた。

キリスト教は格闘技に対して否定的だ。キリスト教成立時の既存の格闘技が神事である以上パンクラチオンもレスリングも相撲もいまの空手も柔道も原理的には異教の神を讃える行為で、異端である。これがキリスト教が格闘技に対して厳しかった理由のひとつだ。このことは未だに原理主義のテキストの中に見ることが出来る。ローマ以降近世まで、キリスト教圏では格闘技のルネッサンスは来なかった。逆に、極東の日本、タイ、中国などでは強圧的な強権的な世界宗教の支配から逃れて格闘技は発展する。

世界はキリスト教圏の文化に覆われている。神は死んだと言われるが、少なくとも最近までは強い力を持っていた。それにムスリムの文化圏を足せば、エホバを讃える世界宗教の支配権は更に広くなる。その様な時代に格闘技が行われるためには、かっての暗黙の了解に守られた神事としての格闘技から、明文化され、無菌化され、エホバの神の機嫌を損ねないように無宗教化された格闘技に作り替えるしかない。

キリスト教圏では、かって格闘技を支えた神はいない。歴史の彼方に封じ込められた。まさにここで初めてボクシングに代表される暗黙の了解のない格闘技が登場する。きちんと明文化されたルールで勝利条件達成に向けて闘いが行われる。世界宗教・世界帝国に相応しい格闘技だろう。ボクシングは古代ギリシャでもあったが、あれは暗黙の了解を沢山含んだ殺さないボクシングだった。

日本柔道は日本人の美意識に従って堂々と組み合って投げるという暗黙の了解や明文化されない禁じ手を持っていた。昔は袖の長さ太さの明確な規定すらなかったのだ。一つの文化、それは古くは宗教という形で結晶化していた。日本の文化にはぐくまれた日本柔道が世界化していく過程で多くの暗黙の了解を失い、世界柔道と化していく過程を我々は目の当たりにしたばかりだ。これがまさに無宗教化された格闘技に作り替えると言うことの最新の例である。世界柔道ではいつまでREIが行われるだろうか。
 


3:封じ込められた究極の格闘技の復活

さて、話は急にシャモニーのマリアとスペインの黒い聖母と”自由の女神”に飛ぶ。これらはキリスト教のマリアでも聖母でも女神でもない(勿論一神教に女神などいるわけがない)。シャモニーのマリアは遭難者の鎮魂と登山者の安全を祈願するものだが、聖書のどこをとってもそんなことの縁起となるようなことは語られていない。

大体、日本的に考えれば、安全と鎮魂なんて山の神様=魔物に祈ればいいことだ。実際シャモニーの人々はモンブランには魔物がいると恐れていた。日本では当然その魔物が祭られる対象となる。それが人間の古来の思考法だ。ところが、キリスト教圏でそれをやると大変なことになる。魔物は当然悪魔の眷属で、それを祭ればあからさまな異端だからだ。しかし、一人しかいない創造主をいちいち、山一つの問題で改めて祭るわけにも行かない。唯一一神教の神はもう既に祭っているのだ。

そう言うとき魔物とキリスト教の神の折衷案として持ち出されるのがマリアなのだ。マリアを持ち出すことで、それに、内緒で・暗黙の内に、魔物=母なる山の神=地母神を仮託することでキリスト教との表面上の整合性をはかる。それがシャモニーのマリアの正体だ。

実際、無味乾燥で信者個人の実生活のレベルの空想や現世利益などに結びつく神話に乏しいキリスト教ではこの手のすり替えは頻繁に行われた。中世に広まったマリア信仰というのはまさにそれだと言われている。スペインの黒いマリアはアルテミスやリリト信仰の隠れ蓑である。実体はアルテミスやリリト信仰であって、マリアとして拝むことによってキリスト教との整合を謀る。

フランス革命の有名な絵で、人々を導く「自由の女神」を見たことがあるだろう。彼女は単に「自由」Libertyとなづけられた。西洋では決して、「自由の女神」とは呼ばれない。ニューヨークの自由の女神もまたしかり。あれはStatue of Libertyだ。「自由の像」であって「自由の女神像」ではない。決してキリスト教の天使ではない。

これは、フランス革命が自由を訴えたとき、僧侶階級は支配階級の一部であったことと無関係ではあるまい。しかしヒト型に描かれた「自由」をあえて「女神」と呼ばない暗黙の了解によってキリスト教との整合性を守った。キリスト教には女神はいないから。その様な必要のない八百万の神を持つ日本では単に「自由の女神」と呼ばれる。ミュンヘンのビール祭りで大酒を飲むときその市民を見おろすのは小うるさいキリストの神ではなく「ババリアの女神」である。

世界宗教的な無味乾燥な価値観では、結局の所、人を押さえつけることは出来ない。これらは、世界宗教の水面下から、ぐつぐつと吹き出すようにアニミズム的な人間古来本来の考え方や宗教が顔を出すことの例だ。

ようするに、世界宗教的な価値観で地上を覆いつくそうとしても無駄なことだ。

世界宗教的な格闘技で地上を多いつくそうとする事も又然り。勿論、ボクシングのような世界宗教的な格闘技の存在価値を否定しないが、人間が大昔から一緒に生きてきた暗黙の了解を持つ本来の格闘技の存在価値は揺るぎないものだ。人々がそれを求めている。

そしてその最もピュアーで新しい物がお祭りでレスリングを見せたことに始まるとされるプロレスだ。レスラーたちの間、レスラーと観客の間に多くの暗黙の了解を持ち、そして娯楽としてセクシャルディスプレイとして祭事として機能する。今日に格闘技の原型元始の格闘技究極の格闘技と呼べるものがあるとすれば、それはプロレスであろう。
 


追記: 新しい神とその新しい格闘技としてのVT

そして、神の死んだと言われる現代の新しい神がいる。テレビだ。多くの熱狂的な信者を持つテレビという神が自分を讃える格闘技を求めている。この神は以前の神々のようなつつましやかな神ではない。自分を讃える一つの格闘技では満足しない。どん欲に全ての格闘技を自分のものにする。ボクシングやプロレスはこの神のお気に入りの格闘技だ。この神は謂れや由来は問わない。視聴率という究極の教義に従って、全ての格闘技を作り替え、その教義に従わない格闘技は放逐される。最近ではテレビ放送のためにカラー柔道着が導入されたことや、思い上がったTVプロデューサーが自分に八百長団体を認定する資格があると過信してもめ事を起こしたことが記憶に新しい。TVの神官達は自分たちこそ次の格闘技の流れを作る力があると思っている。

他チャンネル化の流れというものにより、TVはさらに貪欲に放送ソフトとしての多種多様な格闘技を求めている。一方では、多くの種類の格闘技派に生き残る力を与えている。

そういう時代にテレビを讃える格闘技の一つとしてUSAで台頭してきたNHBは今、曲がり角にある。理由は様々だが、一つは放送コードによるルール制限。ボクシング・柔道のような統一組織がないための拡散。すなわち、VTと称するいい加減な興行の乱発である。どれがそうであるかはここでは言うまい。また、UFCJのあからさまな失敗、良い人材を集めて行われたはずのコンテンダーズの興行的な失敗はNHBシーンの変質を引き起こすだろう。これは人材かそれに見合う資金かのどちらかの枯渇を意味している。

最近のVTムーブメントのみに注目してみれば、VTは究極の格闘技などではなく、最新の神を讃えるよちよち歩きの多くの格闘技の一つに過ぎない。これからその神の力のもとで、多くの暗黙の了解に縁取られたプロレス型の格闘技と世界宗教型の格闘技の両方向に拡散して分裂して行くだろう。

追2:VTはルールの制限が乏しい明文化されたものである。異なる流派同士の決着を付けるための方法だったそうだ。これはまさに世界宗教の文化圏でかっての神を失った神官(=格闘家)が戦う様である。なぜなら、その文化圏はあらかじめ各流派の対決の枠組みを決めるほどに大きく、各流派はそれに帰属する物でしかない。考えようによってはまさにブラジル的かも知れない。(けどその考案は省く)

ノリリン自身による解説へ:CLICK HERE

Acknowledgment:

この稿を書くに当たって、イランの石版やエジプトの壁画、中国の角抵など歴史的情報の多くをティモシー・アーチャー氏の文章を参考にさせてい
ただきました。ありがとう御座いました。引用ミスによる誤解・誤謬は全てノリリンに帰します。
 





究極の格闘技をめぐる構造
「最強の格闘技とその影法師達」by 格・評論家Ωと「究極の格闘技の復活」by ノリリンに対する解題 

by パソゲン


 格・評論家Ωとノリリンの文章を解説するために、彼らの上部存在(本体)としての私にパソゲンというハンドルネームを与えることにする。格・評論家ΩはVT至上論者のカリカチャー、かたやノリリンもプロレス至上主義者を名乗る一種のカリカチャーかも知れない。どちらも私の想念の結晶したキャラクターであるが、格・評論家Ωの方はもうあまり現れないであろう。パソゲンもまた然りである。

 きちんと議論すると言うことは、相手を理解することである。私の尊敬するノーベル文学賞受賞者、B・ラッセルは「ある哲学者を研究するのに正しい態度というのは崇拝でも軽蔑でもない。一種の仮定的共鳴を持ち、その哲学者の理論を信じることはどんな気分がするか知ろうとすることである。その後初めて批判的態度を復活させて、それまで支持していた意見を放棄する人の心境となるべきである」と語った。

 私も私の嫌いな「VT=最強決定機関説」論者や早すぎたVTファン
(注)と真面目に議論するためには、まず彼らを研究し、理解し、その理論を信じる必要がある。しかし、プロレス至上主義者・ノリリンのままでは不可能なことである。そこで登場したのが、格・評論家Ωだ。当然この名前は格カフェのあの二人の名前のミックスである。

 格・評論家Ωは真面目にVT至上主義を理解した(と思う)、しかし文章としての表現にはある程度の諧謔が必要だから、格・評論家Ωの文章にも少し諧謔味が入っている。彼(と言っても私だが)の言う「死の戦慄と予感」は確かに格闘技の魅力の一部を占めているかも知れないし、ノールールの素手での闘いが格闘技の基本だと言う考えはある程度の説得力を持って多くの人をとらえている考え方だ。こういう考えを持つものがいても不思議はない。と、理解した。

 ラッセルの方法に習ってその考えが理解できるようになった以上、きちんと格・評論家Ωの考えを咀嚼し批判的態度を復活させて、それまで支持していた意見を放棄する人の心境となる必要がある。そうでないと格・評論家Ωパートの思考はノリリンにとって危険だし、パソゲンにとっても思考がよれる恐れがある。(もっとも、金的を打たれたものが蛯の形で飛び跳ねながら闘うべきだとか、畳にたたきつけるのも、畳をたたきつけるのも同じではないかという考案などにはノリリンの側の思考法が漏出してきている。)

 だから、ノリリンは格・評論家Ωと対論で語る必要がある。

 格・評論家Ωの論理には致命的な部分がある。パソゲンはアルプスの山々やミュンヘンの町並みを見ながら徐々にその確信を深めていった。そしてそれは、ティモシー・アーチャー氏の未発表の(そしていつ発表するんだあ!)リングスに関する論文を読んで、確信は裏付けを得た。それはノリリンのパートに書いてある通り、

  知られている格闘技の発達史と矛盾する
  VTを格闘技として持つ未開民族はいない
  人間は本来道具を使う動物だと言う事実と矛盾する
  VTで同族と闘う動物はいない

ということである。

 そういう事実がある以上、ノールールの格闘技は元始の格闘技であるとか、格闘技の基本形であるとか、究極でベストのものであるとかいう理由で、他の格闘技より一等高い地位を占めるという議論は成り立たない。単に他の格闘技と同じ水準のOne of themであって、各人の好み・好ききらいでより分けられるものの一つに過ぎない。

 そして、ノリリンパートのもう一つの存在意義は、某格闘家の発言10・11後の「格闘技とエンターティメントは違うと言うことです」に対する否定である。私は格闘家の強さは尊敬しても、頭の方はイタイ奴が多いと思っているから発言をいちいちあげつらいたくはない。でも、この発言は重要だから放置できまい。VT系のもの(暗に自分の属する修斗を含む)を格闘技と同義語として使っていることは明らかにVTを格闘技の王道・中心・プロトタイプ・基本形とみる思考法が見て取れる。このことは上部でもう否定したし、倫理的問題点も「ファシズム的最強に対する嫌悪」で指摘した。だからもういい。

 もっと大事なことは格闘技とエンターティメントを分離しようとする考えかただ。「純文学」という造語により日本の物語を破壊し、読むに耐えない不能者の自虐日記をあふれさせた文学者と称するやからの思考法と同じく愚かなものだ。でも、そういう考えが好きな日本人は多い。

 格闘技とエンターティメントの分水嶺を求めて、いつものようにノリリン(と言っても私だが)の理論は疾走する。

 曰く

  「狭い集団・村で主に祭りにおいて神に奉納するものとして、同時に村一番の娯楽として、
    またはセクシャルディスプレイとして、格闘技は行われたのではないか。だから、多くの
    民族が固有の格闘技を持つ」
  「各ファイターはファイターであるとともに神官でもある。」
  「暗黙の了解の介在無しに立ち上がる格闘技なんてあり得るのだろうか?」
  「その様な時代(世界宗教の時代)に格闘技が行われるためには、かっての暗黙の了解に守
    られた神事としての格闘技から、明文化され、無菌化され、エホバの神の機嫌を損ねない
    ように無宗教化された格闘技に作り替えるしかない。」
  「世界宗教の水面下から、ぐつぐつと吹き出すようにアニミズム的な人間古来本来の考え方
    や宗教が顔を出す」

 大昔には神事・祭事、つまりは村一番の娯楽として(神と人に)闘いを見せる様なことが行われていて、そのうち、予定調和的結末が強いものは「神楽」となってゆき、弱いものは「格闘技の原型」になった。しかし、中国の例を見ると、それは本来不可分なものであったはずだ。格闘技はエンターティメントと対立する概念ではない。某選手は「格闘技は・・・」ではなく、「VTは・・・」とか「修斗は・・・」とか「ヒクソンの試合は・・・」とかいう主語を用いてエンターティメントではないと述べるべきであった。もう一つの問題点(=どこをみとんのじゃい)に関してはここでは述べない。

 そういう観点から「今日に格闘技の原型=元始の格闘技=究極の格闘技と呼べるものがあるとすれば、それはプロレスであろう。」と歌う。ノリリンの立場から言えば当然の帰結・プロレス至上主義者の言葉である。

 しかしながらプロレスが、格闘技の原型=元始の格闘技=究極の格闘技であったとしても、だからといって他に君臨すべきものであると主張するつもりはないことはつけ加えておかねばなるまい。

注:早すぎたVTファンとは、プロレスに異種格闘技戦による最強のみを求めており、それ以外のプロレスには興味を感じない。儂はこういうファンを”早すぎたVTファン”と呼ぶ。彼らはプロレスを愛するプロレスファンではなく、プロレスファンになったときにはまだVTがなかったから、たまたまプロレスを選んだにすぎないと言う意味である。結局自己の最強願望の代償行為としてプロレスを求めたに過ぎない。





あとがき及び 真剣勝負の発見序章


以上は97年の暮れの頃に書かれた文章である。今読むと若書きであって、なんで儂はこんなに力を入れて口からつばを飛ばしながら書かなきゃいけなかったのか!?と思う次第だ。特に自己解題の部分。

こんなにあつくならずに岩波新書的な書き方でもよかったんじゃないかとも思う・・・のだが一部の捕捉とイントロの部分を除いてそのままにしておいた。
この『究極の格闘技の復活』に関してはまた書き直すこともあるだろう。

勿論この『究極の格闘技の復活』は『最強の格闘技とその影法師達』と対をなすものだが、その後もう一つ内容的に対をなすものとして『真剣勝負の発見』の構想が浮かんだ。『究極の格闘技の復活』を読むと、それならば『スペクテータースポーツとしてのガチ』が成立したのはいつかと言う疑問が残る。すでにみたとおり、格闘技というのは元々プロレス型である。人という、この道具を使う動物が何故は素手で事前の打ち合わせや暗黙の了解なしに闘って勝負を決めることが見て面白く、またやって得になるものだとわかったのはいつかという疑問が湧いてくるはずだ。

儂にも疑問であった。その後の検索でわかってきたことは、大相撲が江戸時代はっきりとしたプロレスであったことと19世紀黎明期の英国興行ボクシングは全日の4天王プロレスであったと言うことだ。

江戸時代の大相撲はGカブキばりに顔面に刺青をした力士がいたり、悪役善玉がいる上に地方地方でそれぞれ役割を入れ替わりながら巡業していたらしい。大名お抱え力士同士の大一番が組まれたりしたときには7番勝負で連日興行した上に3勝3敗で最後に同体で引き分けになることが多かったらしい。

英国のボクシングの元のルールでは最初のラウンドの最初のダウンを奪ったところで一旦ラウンドが終了。次ぎのラウンド開始までにたてなかったらKOと言うルールでやっていた。これによってダウンさせたりさされたり観客の熱狂を誘いながらマラソン耐久マッチが何十何百ラウンドも行われた。

もともと英国のボクシングはジェントルマン・貴族が領民や平民達に娯楽を提供する貴族の義務の一つとして発祥した。流血はおそらく最も簡単にpopを得る方法として気軽に繰り返し利用されただろう。ところが産業革命以後の都市浮遊民などの存在が、領民達への娯楽提供という形のスペクテータースポーツの一つであったボクシングの形をゆがめていった。パターナリズムにコントロールされない低層群衆がボクシングなどのブラッディースポーツの会場に集まり騒ぐこと、とコントロールされない底辺労働者がそれに対する賭博で身を滅ぼして行くことに批判が起こったのだ。

もっともボクシングに金を賭けること自体が馬鹿げていたのだが・・・それによってボクシングは徐々に現代の競技スポーツに(ある意味堕していった)変化していった。

ここら辺のことを詰めていきたい (続く?)





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