NHBの伝統は、UFC以前からアメリカに存在していた
■投稿日時:2000年10月21日
■書き手:ひねリン(名前をクリックするとプロフィールの欄に飛びます)

先日、「道徳秩序としてのプロレス」という30年くらい前に書かれた社会学論文を読んでた。扱ってるのは古き良きアメプロ。スポーツでは絶対に守られなきゃならないはずのルールをプロレスの悪役は守らない。プロレスにおいては、法権力は単に無視されるか破られるためにあるに過ぎない、みたいなことを言っている。で、そんな無法な混乱状態を回収するために、法とは別のレベルでの道徳的観点からの制裁が必要とされる。それをやるのが善玉。善玉は最初はルールを守ろうとするけど、悪役の反則攻撃に耐えかねてそのうち切れて、自分も反則技で悪役を制裁しようと拳をふりあげる。

「英雄は決断をためらう。悪役を殴るべきか殴らぬべきか? 彼は観衆を見て、壊滅的な打撃を加えていいかどうかの道徳的判断を仰ぐ。この惨めなならず者を制裁せよという叫びが会場に渦巻く。そして英雄はそれを狂ったように行うのだ。」

つまり、プロレスにおいては、通常の法の力がさっぱり無能な状態で、一レベル上の道徳的な正義が観客によって要請され、それを善玉が見事に実現して秩序を取り戻すというお話が展開する。普段は法(ルール)を守る正義のヒーローも、そういう時には一時的に法を無視する。

これを読んでて、猪木が凄かったのは、(ここに書かれているストーリーのように)一瞬だけ法を破って悪役を制裁して秩序を取り戻して終わり、じゃなかったことかな、、、あのお人は、切れまくって過剰な制裁をどこまでも加え続け、自分が「さらなる上のレベルの無秩序」を作って観客を放りだして帰って行ってしまってたもんなあ、とか考えていたんだけど、以上の話は前置きに過ぎない。

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本題はここから。この話の直後にこの論文の著者は、こういう正義のヒーローの「♪ルール無用の悪党に、正義のパンチをぶちかませ(だっけ?)」な制裁もまた、アメリカの古き良き伝統に基づいているのだと言っているのだ。ここで著者は別の本を引用して、アメリカの開拓者達の間には「キック、噛みつき、パンチ、目潰し等全ての技が許され、選手が目や耳を失うことも珍しくないレスリングの伝統」があったのである、と書いている。

なに? 初期UFCよりもさらに純粋なVTが、18、9世紀(?)のアメリカでは行われていたのか? まじで? そんなの俺きいてないよ???

ということで、図書館でその著者の引用してる本に当たってみた。これが1940年に書かれた「アメリカ、遊びを学ぶ」という題名の本だった。開拓者時代から今日まで、アメリカ人が開発、発展させていったレクリエーションの歴史を追ったもの。ボクシング等のスポーツイベントの発展から、さまざまな賭事やゲームの発展の歴史取かが書いてある本だ(と思う。全体を一、二分ぱらぱらめくっただけだから違うかもしれない)。

とにかくその本の、先の論文に引用されているページをめくってみると、あったあった。リンカーンもレスラーだった、なんていう話の後で、さっきの「全ての技が許され、キック、噛みつき、パンチ、目潰し等も自由に許された戦い(rough-and-tumble fight)」が、開拓者達の間で行われていたと書いてある。以下、その本から引用。ちょっと古い英語文献の引用が混ざるけど、英文学専門の友人に解説してもらったから、たぶん訳は大丈夫。

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「私は、片目のない人間を複数以上見た」と、ある旅行者は報告する。彼がケンタッキー州への境界を超えようとした時の話だ。「で、私は確信した。自分が現在、『目潰し』の地域にいるということを。」またある者は、彼が宿泊せざるを得なかった宿の信頼度を、そこの炭坑の主人が未だに耳を所持しているかどうかで判断した という。

「まだ、数ラウンドも経過していない時だった。」ある試合についてのある鮮明な記事は、こう語る。「ヴァージニア人が体全体を引き締め、腕を顔の高さに上げ、両手で凹型をつくって、屈筋の張る限りに指を曲げ(註1)、一つの捨て身の動きのために自分の全ての気力を奮い起こし、相手の胸に飛び込んでいったのは、、、、。その衝撃はケンタッキー人によって受けとめられ、直後、呼吸の必要が彼をグラウンドに導いた(註2)。ヴァージニア人は決して抑えこみを離そうとしなかった。爪を相手の髪に、親指を目に突き立て、相手の眼窩に即時に衝撃を与えた。苦しむ者(ケンタッキー人)は大声でわめいたが、決して不平は言わなかった。ケンタッキー人は自分の顔から敵を振りほどくことができないまま、新たな戦闘体勢に入った。彼は自分の腕をヴァージニア人に回し、自分の巨大な体の近くに彼を抱き寄せたのだ。後者(ヴァージニア人)はそれを嫌い、さらに奮闘して、力をこめて相手の下唇を掴み、それをアゴまで引き裂いた。ケンタッキー人はそこでようやく力尽き、その頭上では人々が勝者を抱え上げた。彼は医者より、勝利の味を求めていた。彼はぼこぼこぐちゃぐ・ちゃファイト王者(thefirst rough and tumbler) としてイスに載せられ、グラウンドをかつぎ回された。」

(註1)つまり、力をこめてクラウチングスタイルで拳を握っているということ
(註2)タックルされたケンタッキー人が苦しくなって倒れたということ

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へえ、これは知らなかった。アメリカには、UFCより全然前から、それより全然過激ななんでもありが行われていたのか。まあ、素手vs素手の喧嘩なんてどこの地方でも多少は行われてただろうけど、これを読む限り、アメリカの辺境地域ではそれがいくらかおおっぴらに習慣化、競技化(?)されてたみたいじゃないか。ブラジルのVTなぞよりも、全然昔から。ストーンコールドのキャラとか、タンクアボットの人生そのものとか、こういう伝統となんか関係あるのかもしれない???

でもね、この文献が教えてくれる一番貴重な事実は、じつは全然別のところにあるんだな。それは、、、

「実戦で一番有効なのは、マンカインドのミスターサッコだった!」

という衝撃の真実なんだなあ。Have a nice day!!





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